恋愛情緒 1 柔らかく温かい睡魔に逆らうことなく、僕は目を閉じた。 意識が戻ったのは体内時計が狂うことなく朝の六時半で、ベッドから起き上がった僕は正面の、ベッドの反対側の壁に背を凭れさせて眠っている菊池に気付いた。 まだ完全に睡魔が去っていない目でしばらくそれを見て、それから菊池がそこで一晩を過ごしたのだ、と気付いた。 シングルのベッドは、僕が占領してしまっている。 確かに、二人で寝るには狭いかもしれない。けれどあの温かさの中で眠っいるつもりだった僕の目が険しくなるのは無理もないと思う。 そのまま寝てしまった僕は制服の皺を気にすることもなくベッドから降りて菊池の顔を覗き込んだ。 眉を思い切り寄せて、苦渋の顔で眠っている。 どうしてそんな顔で寝てるんだろう。悪い夢でも見てるのかな。 僕は起こそうかな、と手を伸ばすと菊池の頭がかくん、と落ちた。 その衝撃で、菊池が目を覚ます。 「・・・っ?!」 気がついた菊池をそのまま見つめていると、視線が合った。起きたときの衝撃以上に驚いた顔で、僕を見てる。 「お早う御座います」 僕はとりあえず挨拶をした。 菊池は頭を一気に覚醒させたのか、何度か瞬きをしてどもりながらも返してくれる。 「・・・お、おは、よ」 僕は自分に素直に少し拗ねて見せた。 「・・・どうして、ここで寝てるんですか?」 「え? あ・・・?」 「なんで一緒に寝てないんですか?」 一晩中、僕はあの腕の中で安心していると思っていたのに。二人で居るのに起きたら独りなんて寂しい。 そうだ。 僕は自覚してしまった。 僕は菊池が好きなんだ。 そして菊池も僕を好きだと言ってくれた。 もう、誰にも渡さない。羽崎ってひとにも何も言わせない。僕と菊池は本当に付き合っているのだから。 両想いって、すごく嬉しいことだ。 幸せなまま眠ったから、幸せなまま起きるのだと思っていたのに。 どうして菊池はこんなに離れたところで寝ているの? 「・・・一緒にいるの、嫌だったんですか?」 抱きしめてもらっていたのは僕だ。 菊池は、疲れるだけだったのかもしれない。 「な・・・っんなこと! あるわけないだろ! ただ・・・っ」 菊池が慌てて弁解をする。 「・・・ただ?」 「ただ・・・・自制が、ちょっと」 「ジセイ?」 ジセイって、自制かな。 首を傾げた僕に、菊池は溜息を吐いて、 「勘弁しろよ・・・」 菊池は、昨日から一体何回溜息を吐いてるのだろう。 僕といるの、そんなに疲れるのかな。 僕の感情が表情に出たのか、菊池は苦笑して僕の頬を撫でてくれた。 「いや・・・一緒にいたいんだけどな、あの状態で一晩じっとしていられるほど俺は忍耐ないし・・・」 どこに忍耐を使うんだろう。 でも居たくないわけじゃないんだ。 「じゃぁ・・・次は、一緒に寝て下さいね?」 「・・・・っそ、れは・・・」 「駄目ですか?」 「駄目じゃないけど・・・そのときは、我慢せず、抱くかも・・・よ?」 「いいですよ」 戸惑っている菊池がとても不思議だ。 だって付き合っているのだから、抱き合うのだって自然なはずだ。 「い・・・いいのか?!」 驚いている菊池に頷いてみせる。 「はい。たくさんして下さいね? グチャグチャになるんでしょう?」 グチャグチャって、どんなふうなんだろう?でもちょっと楽しみだ。 だって菊池がしてくれるんだから。 嬉しそうに言った僕を、菊池は呆然として返して、 「お・・・お前・・・っ」 どうしたんだろう。 菊池は頭を抱えてしまった。 「先輩?」 覗き込むと真剣な顔をあげた。 「・・・・今から、していい?」 今から? て、いますぐ? 「駄目です」 「・・・え」 きっぱりと言った僕に、菊池はまた驚いた。というより、ちょっと情けないかも? でも、可愛いかも。 こういう顔もするんだ。 なんだかいろんな顔が見れて嬉しい。 「だって、学校行かなきゃ」 僕は時計を確認した。 それに昨日は家に連絡しておいたけれど、さすがに今日は帰らなければ。 「が・・・学校・・・!」 「はい。昨日さぼっちゃったから」 「・・・・・この状況で、学校・・・!」 なんだか呆然とした菊池を不思議そうに見たけれど、僕は仕度を始めようと立ち上がった。 「先輩、洗面所借ります」 「・・・・・・」 返事はなかったけれど僕は廊下へ足を向けた。 しかしその途中で引き返し、また菊池の前に座る。 「・・・・?」 「先輩」 「・・・・・なに」 「もう一回、キスしてください」 そういえば起きたらしてもらおうと思っていたんだった。 驚いた菊池は、表情を思い切り歪めた。 駄目だったのかな・・・朝は、しないものなのかな。 「・・・し、したくなかったら、いいです。我慢します」 「我慢って・・・っ我慢なんかするな! キスくらいいつでもしてやる!」 「・・・本当に?」 僕は嬉しくて、目を閉じて待った。 「・・・・・っ」 息を呑む音が聞こえて、それから温かい唇が触れた。 顎を持って上に向けられて、僕の開いた唇に菊池の舌が滑り込む。 「・・・・ん」 絡んだ舌が、なんだか少し苦い。 なんの味だろう? 唇が離れたときに菊池を見上げて、 「・・・先輩」 「・・・なに?」 「苦い」 「え・・・っ」 「なんだか、舌が苦いです」 「・・・あっ」 菊池が少し焦りを見せて、 「・・・わ、るい・・・昨日、煙草、吸ったから・・・」 「今まではどうして苦くなかったのかな」 「・・・そりゃ、お前に会う前には・・・気ぃ使って吸ってなかっただけで・・・」 「そうなんですか?」 「・・・・い、嫌だったか?」 嫌かと訊かれればそうではない。 だって、菊池とするキスなのだ。 嫌なはずがない。ただ、味が違うと思っただけだ。 「嫌じゃないです」 「そ・・・うか? もっかい、して・・・」 「あ、先輩、早く用意しないと遅れますよ?」 「・・・・・・・」 立ち上がった僕に、菊池は床に手を付いて見上げてくる。なんだか視線が冷たい? 「先輩?」 「・・・・学校なんか、すぐそこだろ、まだ大丈夫だ!」 「だって朝ごはん食べたり、制服皺になったから直したりしないと」 「・・・・・・」 「先輩?」 「・・・もう、いい、洗面所、使ってこい」 床にうなだれてしまった菊池に、不思議に思ったけど僕は言うとおりにした。 なんだか菊池は疲れているみたいだけれど、僕は元気一杯だ。 だって昨日はよく寝れたし、気持ちは充実してる。 菊池を好きだと思ったとたん、僕は自分の気持ちに安心できた。 そして、今日は一緒に学校に行けると思っただけで、ますます嬉しくなった。 |
to be continued...