恋愛気分  2




翌日、僕は動いた。
昨日は放課後に菊池を探したけれど、隣に羽崎が居るのを見てなんだかむかついて帰ってしまったのだ。
また、放課後になれば羽崎がくるかもしれない。
だから5時間目、昼一の授業が終わると僕は三年の教室に向かった。
廊下も上級生でいっぱいで、僕はかなり目だっていただろう。でもそんなこと気にならない。僕は菊池だけを探して、その教室に向かった。
視線を浴びながらもその中に顔を覗かせて、戸口にいた上級生と目が合う。
「すみません、菊池先輩、いらっしゃいますか?」
「・・・・ああ」
相手は少し驚いた顔をしたけれど、すぐに教室の奥に向かって菊池を呼んだ。
「ハルー! 可愛い子が呼び出してるぞ!」
奥にいた菊池は、すぐに僕に気付いて慌てたように立ち上がって、
「薫・・・?!」
驚いて僕を見下ろした。 驚くはずだ。 僕はここに来たことがない。
「どうした・・・?」
「先輩」
「ん?」
「サボリましょう」
「・・・・・あ?」
僕の言葉が伝わらなかったのか、菊池は不思議そうな顔で、
「薫・・・今、なんて言った?」
「サボリましょう、て言いました。駄目ですか? どうしても?」
「・・・・・・」
菊池はすぐには何も答えなかった。
僕は声を抑えて言ったわけではない。教室中にそれは聞こえたようで、視線が僕に向いている。
菊池が何も言わないので、僕は俯いて息を吐き出した。
「駄目ですよね・・・すみません」
当然だよね、いきなりすぎる。
しかも学校をサボらせようと言うのだから。諦めて帰ろうとした僕の頭上から、
「帰るわ、俺」
見上げると菊池は奥にいた友人に向かっている。
え? あれ? いいの?
菊池は鞄を取って来たと思うと僕の手を取ってそのまま教室を出て行った。
「先輩・・・いいんですか?」
「いいよ。お前から誘ってくれるなんか、今逃すと有り得なさそうだしな」
菊池は何故か嬉しそうだ。僕もそれで良いと思うことにした。
さすがに表ではなく、裏門から校舎を出たところで、
「先輩・・・の、うちに行きたいです」
菊池がこの近くで一人暮らしをしているのはすでに聞いていた。一度も、行ったことはなかったけれど。
菊池は驚いて、それから顰めて見せて、
「・・・・いいのか?」
「はい」
「・・・・なんか、怖いよなぁ・・・」
ぼやきながらも、菊池は家路に向かったのだ。





菊池の部屋は、一人で住むには充分の1ルームマンションだった。
玄関のドアを潜れば、廊下があって壁とは反対側にドアが二つ。バスとトイレらしい。廊下の突き当たりのすりガラスのドアの向こうに8畳ほどのフローリング。クロゼットの押入れと、部屋にはベッドとテレビ、ステレオ。中央に小さなテーブルと、壁にこれも小さい本棚。それだけだった。
「悪い、散らかってるな」
言いながら菊池はベッドの上に脱ぎ捨てられた服や、床に散乱したままの雑誌を集め始めた。
僕の部屋以上に何もないこの部屋が、菊池らしい。初めて見る、菊池のプライベートの部分だ。
なのに、僕は今、何も思っていない。なんの感情も、ない。
嬉しくもないし、楽しくもない。
どうしてこんなに落ち着いているんだろう?
片付け始めた菊池の袖を引いて、
「先輩、して下さい」
雑誌を抱えた菊池が一瞬止まって、ゆっくりと振り返った。見上げている僕に顔を顰めて、
「・・・なに?」
「・・・して、下さい」
訊き返されて、もう一度同じように言った。
なにを、までは言わなくても解ると思ったから。
菊池は持っていた雑誌を机の上に乱暴に置いて、僕の顎を取った。
「お前、意味解って言ってんのか?」
解ってる。解ってなきゃ、こんなこと言えない。
顎を掴まれたまま、見上げたままで頷いた。
菊池は大きく息を吐いて、天井を一度仰ぐ。もう一度僕に視線を落とした時には、少し笑っていた。
「俺、待つって言わなかったか?」
手を僕の頭に移動して、髪をくしゃりと撫でた。僕は眉を寄せて、少し睨んだ。
そんな答えが欲しいんじゃない。
どうしてしてくれないんだろう。
「そんな顔すんなよ、お前な・・・」
「どうして、してくれないんですか?」
「いや、したいけど、」
「じゃぁ、して下さい」
「だからな・・・!」
僕は菊池の手から離れて、ベッドに近寄った。制服の釦を外して腕から抜き取る。床にそのまま落として、シャツの釦も外す。
「薫!」
焦った声で、菊池が僕の手を取って止めた。
「ちょ、待て・・・! なんだ? 一体、なんでしようと思ったんだよ?」
「・・・・したく、なった、から?」
だって、しなきゃ。 菊池は僕から離れてしまう。
「したく・・・って、なぁ? お前、俺のこと好きになったのか? ちゃんと?」
「・・・・・」
僕は思わず俯いた。
好きか、と言われれば・・・どうなんだろう?
嫌いじゃないけど。だったら、好きなのかな?
考え込んだ僕に、菊池はもう一度ため息を吐いて、
「俺は、しろって言われれば、出来るけどな、いつでも・・・元々、堪えるのなんか性に合ってねぇし、すぐにでも抱きたいけど」
「なら、してくれてもいいじゃないですか」
拗ねた口調になってしまった僕を、菊池はじろりと睨んで、
「・・・それで、お前に嫌われるほうが、俺は嫌なんだよ」
「嫌ったりしません。第一、僕がして下さいって言ってるのに・・・それに」
僕は真っ直ぐ、菊池を見上げた。
「先輩、巧いんでしょう? 痛く、ないんでしょう? だったら、僕は・・・っ」
言葉の途中で、身体が押された。
背中が弾んで、ベッドに倒れたのだと気付いた。天井の明かりを、覆い被さってきた菊池が遮る。
「・・・・・」
僕は口を開いて、でも何も言葉が出てこない。
菊池に表情はない。
身体が硬直した。
こんなにも、感情のない菊池を見るのは初めてだったから。
「き・・・・きく、ち、せん、」
「巧いけど?」
「え?」
感情のない、低い声で、
「痛くないようにすれば、抱いていいんだな? お前がもう、嫌がっても止めねぇけど、いいんだな?」
「・・・・あ」
僕は少し視線を迷わせて、でも決めた。だって、こうしないと駄目なんだから。
ぎゅっと目を瞑る。
何をするのか分からないけど、見ていたいものではないと思うから。
菊池はズボンからシャツを引っ張り出して、残っていた釦を全て外した。そのまま手を首の後ろに回して背中へとシャツを引き下ろす。袖は腕に残っていて、自分の重さでそのシャツを押さえ込んでいて、僕は何故か身動きが取れなくなってしまった。
それが菊池の思惑なのか、僕には訊けない。
「・・・っ」
浮き出た鎖骨に歯を立てられて、身体が揺れた。
痛い、と思ったけれどすぐにそこを舌が這って、僕は違う寒さが全身に襲った。
肌が粟立つ。菊池はその上を吸い上げたり嘗めたりしてる。
これってセックスの一環? どこをどうするの? 手で、触るだけじゃないの? 全部嘗めるわけじゃないよね?
菊池の唇は下降して、僕のおへそを嘗めた。
いや、嘗めたと言うより、力を込めた舌で突付いた。
「っ、!」
びく、と腰が揺れる。
そんなとこ、嘗めるとこじゃない!
「・・・あっ」
思わず目を開けた僕は、菊池がもう一度上がってきて僕の胸を嘗めるところをしっかりと見てしまった。
僕の乳首に―――舌を這わせて、何度も転がすように嘗めて。
「・・・っ」
どうして?
胸なんか、ないのに。
平たい胸の上を、菊池の大きな手が滑る。
やっと痩せれたのだから、もう脂肪をつけるつもりなんかない。揉まれたって、肉なんかない。
思わず首を振ってしまった。
口を開けば、考えたくない声が出てしまいそうで奥歯を噛み締めたままだ。
菊池の唇がもう片方の胸に移動して、弄られ唾液に濡れたそこには手が伸びる。
尖ったそれを指で摘み上げられて、僕は腕を上げようとした。
それでも、袖が絡んでいるせいで上にあがるわけじゃない。僕の上にいた菊池の肩口に触れて、思わずそれを掴んだ。皺になることなんか考えず、力いっぱい握り締める。
なんだか、僕はおかしい。
以前にもされた行為だ。あのときは、途中で止めてくれたけれど。今日は最後まで、するんだ。
最後って、どこ?
瀬厨が言っていた「痛い」って、どんなことなんだろう?
とりあえず今は痛くなんかない。
嘗められたり触られたりしてるだけで、酷いこともされてない。
だけどどうして、涙が止まらないんだろう。
泣いたって駄目だ。
僕が言い出したんだし、菊池は止めない、とはっきり言った。
なら、泣いていてもいいのかな?
大きな手が身体を弄っているのに、僕に溢れる感情は辛さだけで、気持ち良くもなんともない。
セックスって気持ち良いものじゃないの?
何にも感じないのは、僕がおかしいのかな。
こんな僕として、菊池はいいのかな。
「・・・・はぁ」
菊池が僕の上から起き上がって、大きく息を吐いた。
それから、聞こえたのは舌打ち。
「・・・・?」
ゆっくりと目を開けると、辛そうな顔をした菊池が見下ろしていた。
「・・・だから、泣くなって言ってるだろ!」
きつく言われて、僕は目を擦ろうとした。けれど、手が伸びない。
身体を捻ってベッドの布団に顔を押し付けた。
「な・・・泣いてません」
「何言ってんだよ、んな顔して・・・」
「泣いてませんってば!」
言っても、涙は止まらない。
「泣いてるだろ」
「な、泣いて・・・っ」
泣きたくなんかない。
だけど、止まらないものは仕方ないんだ。
「だ、だからって、やめないで下さい・・・っちゃんと、して下さい!」
「・・・薫」
「や、止めないって言ったのにっ・・・どうして、やっぱり、僕じゃ、駄目なんですか?」
蹲るように、顔を布団に押し付けた。
声が、泣き声だ。
でもどうしても止まらない。
「た、楽しく、ない? ど、うするのか、わかんないけど、じ、じっと、してるだけじゃ、駄目? 何を、すればいいんですか?」
言ってくれたら、なんでもするのに。つまらないからとか、楽しくないとか、言われないようにしたいのに。
菊池に組み伏せられたら何も出来ないなんて嫌だ。
僕は布団にぎゅう、と目を押し付けて、涙を染み込ませた。目が赤くなってるだろうけどそんなこと気にしていられない。
腕を伸ばして身体を起こした。座り込んだままの菊池に向いて手を伸ばす。
「か・・・おる?」
制服を着たままの菊池に手をかけて、その釦を外す。
「薫!」
慌てたように菊池が僕の腕を掴んでそれを止めた。僕はどうして止めるのかむっと睨みあげて、
「・・・ど、して、駄目、ですか? だ、抱いて、くんなきゃ・・・っ」
「ちょっと待てって!」
慌てたというより、困惑した菊池が溜息を吐く。
「抱かなきゃなんだって言うんだよ、いきなりどうした? 理由を話せよ」
「り・・・ゆう?」
「どうして抱かれる気になったんだよ、好きでもないくせに」
菊池の言葉が深く突き刺さった。
好きじゃなかったら、抱かれたら駄目なのかな。
羽崎は、菊池が好きなんだ・・・。
だから抱いてもらえるの?
考えたら目が潤む。それでも僕は菊池を睨んで、
「だ・・・って、しないと、先輩が・・・っ」
「俺が? なに」
「どっか・・・行っちゃうから、羽崎、て、ひとのとこ、行っちゃうから・・・っ」
そうだ。
傍にいてくれなくなることが、嫌なんだ。他の誰かのものになるのが、嫌なんだ。
セックスをすることで傍に居てくれるのなら、僕はいくらでもする。
菊池は少し驚いて、
「羽崎・・・と、会ったのか?」
僕は口を開けば涙が零れそうで、ぎゅっと唇を噛んだまま頷いた。
「なに、言われた」
じっと見つめられて、真剣な顔に僕はゆっくりと口を開く。
我慢してた涙が、頬を伝う。
「先輩と、付き合ってるって・・・っし、してないなら、遊んでる、だけだからって・・・っ」


to be continued...



BACK  ・  INDEX  ・  NEXT