恋愛気分  3




遊びじゃないって菊池は言うけれど、羽崎は僕の知らない菊池を知っている。
それも僕に出来ないことで。
だから簡単に菊池の隣に居ることができる。
僕が躊躇ってしまうのは、菊池とセックスしてないから?セックスが好きな菊池に、いつまでもさせないから?
菊池をいつまでも好きになれないから?
どうすればそれでも菊池は隣に居てくれるのだろう。
思いつくのはこれしかない。
やっぱり僕が使えるのは身体くらいしかないんだ。
「あ、遊びじゃないなら・・・っどうして、僕の傍にいるんですか? なにも、しないのに・・・っ先輩、セックス好きなんでしょ? なら、他の人でしないで、僕でして欲しい・・・は、羽崎ってひとと、しないで」
思いつくままに口にした僕を、菊池はぎゅう、と抱きしめた。その腕の中の温かさにほっとしてる僕に、菊池は大きく息を吐いて、
「・・・お前、それで俺のこと好きじゃねぇの?」
呆れたより、拗ねたような声だった。
「すげぇ、熱烈な告白されてるんだけど・・・やっぱ、自覚はないわけだ、お前は・・・」
「す・・・好き? 先輩を?」
「そう聞こえたんですけど?」
僕は少し考えて、
「でも、なんだか落ち着かないし、先輩と羽崎っていう人のこと考えるとイライラするし、全然楽しくないし・・・これって好きとかじゃないと思うんですけど」
楽しくも嬉しくもない。焦燥感が大きくて、自分でもどうしたらいいのか分からない。菊池のように笑ってなんか居られない。
なら、好きじゃないと思う。
菊池は押し殺していたけれど、確実に笑っていた。僕はどうして笑うのか分からなくて、むっとしてその腕の中から菊池を見上げる。
「ど、どうして、笑うんですか?」
笑うところじゃないと思う。
菊池はそれを堪えるように、
「わ、悪い・・・だってさ、お前・・・それ、好きって通り越してやきもちだろ?」
「やきもち・・・?」
「妬いてんの、羽崎に、お前が」
「妬いて・・・・る? 僕が?」
どうして?
これが、妬くって感情なのかな。こんなに落ち着かなくてイライラして、不機嫌になって。
「で、でも、やきもちって、だって好きじゃないと、僕が、先輩を好きじゃないと、そんなの・・・・」
あれ? 僕が、やきもち焼いてるの? 菊池に? 羽崎に?
なんだか・・・・顔が熱い。
どうしよう。 どうして?
「だから、俺のこと好きなんだろ?」
嬉しそうに僕の気持ちを代弁する菊池に、僕はきっと真っ赤な顔を見られている。
僕って、菊池が好きだったの?
――――――え? い、いつから?! どうして?
慌てて俯いた僕を、もう一度菊池はしっかりと抱きしめて、
「・・・やっと、両思いかよ・・・お前、鈍いよなぁ、マジで」
鈍い、のだろうか?言われて気付くのは、やっぱり鈍いのかな。
そうか、僕、菊池が好きだったんだ。
だから、遊びじゃ嫌だったんだ。他の人と菊池が居るのが、嫌だったんだ。
僕は菊池を見上げて、
「あの・・・」
「ん?」
「じゃぁ、付き合ってくれるんですか? まだ、ずっと?」
菊池は笑って、
「当然だろ? ますます、別れる気なんかないけど?」
「は、羽崎って人とも、しないでくれますか?」
「しねぇって、もう誰とも」
「先輩が好きなら、僕頑張りますから、他の人としないでくれますか?」
「・・・・お前、それ、誰が言ったの?」
菊池が一瞬で眉を顰める。
好きじゃないの? セックス。
「羽崎って人が・・・先輩は、セックス好きだから、してないなんてって・・・」
僕が答えると、菊池は溜息を吐いて、
「いや・・・・否定はしないけどさ、好きだけど」
「そ・・・そうなんだ、やっぱり・・・」
「いや! 待て、お前と会ってからは、誰ともしてないからな?! 当然だろ?!」
焦った菊池が付け加えるのに、僕は不思議そうに見上げて、
「どうして?」
「ど、どうしてって・・・・欲しいもんは、お前だからに決まってるだろ?」
「でも、セックスが好きなんですよね?」
「そうだけど・・・いや、そうじゃなく!」
菊池は困惑した顔で首を振って、それから真剣に僕を見て、
「・・・お前と、したいんだよ俺は。お前とするセックスが、好きなの」
だから他の人間とはしない、と菊池ははっきりと口にした。
そうなの?そういうものなのかな?
「じゃ・・・じゃぁ、あの・・・僕と、して下さいね? 他の人と、しちゃ駄目ですよ?」
「・・・・お前さぁ・・・」
菊池は崩れ落ちるように身体の力を抜いて、
「させないくせに、そういう凶悪なこと言うのヤメロ・・・」
「させないって・・・いいですよ? しても」
だって、僕は菊池が好きなのだ。好き同士ならば、問題などないはずだ。
菊池は目に力を取り戻して、僕を睨む。
「・・・・あんなガチガチの身体で? お前全然気持ち良くなってないだろ?」
「あ・・・だって」
さっきのことだ。
どうするのか、何をするのか全然分からなかったからだ。
「だって、先輩が嘗めたりするから・・・」
身体なんか嘗めても、美味しくないはずだ。
「・・・・嘗めちゃ駄目なのかよ」
「・・・・どうして、嘗めるんですか? 汚いのに・・・」
「薫・・・お前、セックスって、知識はあるのか?」
「・・・・・・知識?」
「AVって、見たことある?」
「AV?」
「アダルトビデオ」
「あ・・・・っ」
僕は首を振った。
そんなもの、見たことなどない。ただ、男女の知識ならある。
想像しても、曖昧にしか浮かばないけれど、男性が女性の中で射精することがセックスだろう。
ただ、男同士ってどうするの?自慢じゃないけれど・・・・僕は、自分でしたことがない。しようと思ったことがない。
僕は困ってしまった。
「・・・だ、駄目ですか?」
「なに?」
「知らないと、駄目なんですか・・・? 見てないと、おかしい? でも、だって、普通、そんなのどこで見るんですか・・・?」
「ど、どこでって・・・いや、知らなくても、いいけど・・・っ」
菊池がすごく困った顔をしている。
「・・・お前、俺がしてたこと、どうしてしてるのか全然分かってなかったんだな・・・?」
「シテタコト?」
「嘗めたり触ったり、つーかあれだけじゃないし! もっと触りたいし嘗めたいし、もうそれこそお前の中までぐちゃぐちゃにして・・・っ」
「グチャグチャ?」
どんなことをすればそんなことになるんだろう・・・?
中って、どこ?
僕が思っていることが通じたのか、菊池は苦しそうに息を吐いて、
「・・・もぉ、いい・・・」
諦めた声で呟いた。
もぉいい?いいって、どういうこと?
「先輩? どうして・・・なんで? なにが、いいんですか? やっぱり、知らないと出来ないんですか? じゃぁ、これから勉強して・・・」
「勉強って、お前な・・・っ」
「誰かに・・・あ、瀬厨くんが知ってるか、僕、訊いてきます」
「ちょっと待て!!」
動きかけた僕を菊池はまた動けないように腕に力を入れた。
「誰かに訊くんなら俺に訊け! そんなもん他の野郎に訊くな!」
肩を掴まれて、すごい勢いで言われた。
僕は思わず頷いたけれど、でも、菊池はさっきもぉいいって言ったし・・・このままでいいのかな。いつか、教えてくれるのかな。
「・・・あぁ、もう、萎えた・・・・」
力のない声で呟いた菊池は、僕にしな垂れかかるように抱きついて、
「・・・ナエル? なえるって、萎える? もう、しないんですか?」
続きは、もうしないのだろうか。そんな気が、もうないのだろうか?なんでしたくないの?菊池はするのが好きなんじゃないのかな。
考え始めた僕に、菊池は落ち着いた声で、
「いや・・・今日は、もうこのままでいいから・・・」
「このまま?」
「このまま・・・駄目か?」
「あ・・・・えっと、いいですけど」
「けど?」
僕は少し躊躇して、でも隠していても仕方ないから言った。
「・・・キス、したいです」
菊池は驚いた顔で僕を覗き込んできた。
だ、駄目だったのかな。だってすごく気持ち良いし。さっきは何でかしてくれなかったし。
「駄目ですか?」
「お前・・・」
「駄目なら、いいです。我慢します」
「駄目じゃねぇけど! ・・・キスは、いいのか?」
僕は頷いた。
気持ち良いとはっきり言った。
菊池は少し目を細めて、それから顔を近づけて。
「・・・・ん、」
温かい唇が押し当てられて、一度離れると今度は深く、舌が滑り込んできた。
口の中を探るような菊池に、僕は気持ち良いと思ってしまう。
菊池のキスが巧いのかな?あ、そうか。セックスも巧いって言ってたな・・・
やっぱり、上手なんだ。
「あ・・・ふ、んぁ・・・」
ずれた口の間から漏れる声に、菊池の口付けはもっと深くなる。撓る背中を支えられて、頬が大きな手の平で包まれる。
僕はベッドに倒れそうになるのを、菊池の背中に手を回して支えた。
唾液が絡んで音がする。
僕の舌が菊池の口の中で甘く噛まれる。
どうしよう。すごく気持ち良い。
身体がふわふわしてる。
どうかしてるのかな。
ゆっくりと離れた唇に、僕は閉じていた目を開いて菊池を見上げた。
「・・・薫」
菊池の目が、すごくなんか強い。強い目で、僕を見てる。
どうしたのかな。
僕も、どうしたんだろう。
「・・・先輩」
僕は目を閉じて菊池の身体に腕を回した。
広い胸に顔を埋めて、
「・・・このまま、ぎゅってしててください」
「・・・・・え」
なんだか、眠たい。そういえば、昨日あんまり寝れなかったから?
あったかいし、気持ち良いし。
寝てもいいのかな。すごく気持ちよく寝れそう。
あ、どうしよう。
もう目が開けれない。
「・・・か、薫?」
菊池の声が、凄く遠い。なんて言ってるんだろう?
「・・・・っまえ、この状態で・・・っ」
菊池が何か言ってるけど、もうなにも理解できない。
だって凄くあったかい。
僕は目を覚ましたらもう一度キスしてもらおうと決めて、そのまま思考を閉じた。


fin



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