ウソツキ 9
俺は駅前のファーストフードに高志を連れて入り、ついついさっきの揉めていた出来事を話した。 池田高志は、俺の幼馴染で、小学校からこの間まで通っていた大阪の高校まで、一緒だった一番気の知れた相手だ。 俺が剣道を始めたのも、こいつの影響だった。 「ふうん」 それが、第一声だった。 「ふうん、て、お前、それだけ?」 あっさりしすぎた答えに、俺は突っかかってしまう。 高志は黙っていれば冷たい印象のある顔で、 「どないゆって欲しいん、お前」 「ど、どないって・・・」 「大変やったな、男に好かれて、とでも?」 「う・・・」 「好きになったら失恋決定で辛かったやろ、とでも?」 「うう・・・っ」 「俺が何ゆうたらええの、俺は・・・」 「た、高志・・・」 「一子さんの再婚が実は寄り戻しただけやったとか、お前そっくりな兄貴がおったとか、学校でそんな事件に巻き込まれとっても、連絡ひとつくれへん、ただの十年付き合っただけの幼馴染やもんなー」 「・・・ごめんて、ほんまに・・・」 俺が完全に悪いので、何も言えない。 「おまけに少し目ぇ離したすきに、野郎なんかに惚れやがって・・・お兄さんは悲しい。今までの苦労が・・・っ」 「苦労?」 「なんでもない」 「?ところで高志、いつ帰んの?すぐ?」 「明日の夕方の新幹線の切符、取ったけど」 「じゃ、うち泊まれる?」 「・・・おじゃましよかな」 「きてきてー久しぶりにゆっくり話ししよやー」 高志は笑って、俺の頭をガシガシと撫でた。 「?なに」 「・・・ま、元気そうで良かったわ」 「・・・うん」 そのまま、家に帰ると一葉は泊まりで帰ってこないとのことだったから、久しぶりに本当に、高志としゃべり倒して、俺は少し気が晴れたんだ。 翌日、高志が帰るのを見送って、一葉がそれを打ち明けるまでは、すごく楽しい週末のはずだった・・・ その高志が帰った土曜の夜。 俺は東京駅まで高志を送って、家に着いたのはすでに七時を回っていた。 その俺を待ち受けていたかの様に、玄関に一葉が立ち塞がる。 「おかえり」 不適な・・・と、いうより不気味な笑みに、俺は押されて、 「た・・・ただいま?」 答えたものの、玄関のそのドアに張り付いた。 「葉一、お客さんが来てるよ」 「客・・・?って、俺に?」 「そう」 下を見れば、上がり口に一葉のと、もうひとつ見慣れないでかい靴が揃えて置いてあった。 「誰?」 「山井市成」 俺の聞き間違いじゃなければ、その一葉の言葉の最後にはハートマークが付いていた。 「・・・はぁ?」 ちょっと、間の抜けた俺の返事も一葉は気にせず、 「俺、今日もデートだったのに、お前のために帰ってきたんだぞ、市成がどうしてもって、頭下げるからさぁ」 「・・・はぁ」 「市成、どうしてもお前に言いたいことがあるんだってさ」 「・・・俺に?なんで?なにを?」 首を傾げた。だって、どう考えても、理由が思いつかない。 「一葉にやないの?」 「ないの。お前に」 「俺、話なんかあらへんけど」 「市成には、ある」 「・・・・それって、俺に拒否権は・・」 「ない」 一葉は、俺の言葉をきっぱりと切り捨てて、早く上がるように言った。 「・・・・」 すごく、考えたけれど、俺にいい案は浮かばない。 どうすればいいのかすら、浮かばない。 とりあえず、首元を気にした。今日はTシャツに普通のシャツを重ね着してて、そのシャツを首元までボタンを閉じる。 それから、自分の家に逃げ腰になりながら入ったのだ。 リビングに入ると、そのソファに大きな身体が見える。 俺はその中に入ろうとして、思い立って向きを変えた。 後ろにいた一葉を掴んで、その廊下の端まで押し戻す。 それから声を潜めて、 「・・・一葉、もしかして、あのことゆったん?」 「あのこと?」 「・・・っあの、お前の変わりに行ったこと!」 俺が必死で言っているのに、一葉は顔色も変えず、 「ああ・・・イッテナイ」 さらり、と答えた。 「なんで?!」 「なんでって・・・言った方が良かったか?」 「だって・・・!」 それを言ってないなら、俺になんの用があるというのだ、と一葉に詰め寄ったが、一葉は笑って、 「とりあえず、訊いてみればいいだろ、なんの用ですかって」 と、答える。 「・・・・・」 俺は不親切な兄をもう考えないことにした。 リビングに振り向くと、戸口からこっちを見ている山井がいた。 「・・・・っ」 一葉は緊張する俺を押して、 「ほら、ちゃんと聞いてやれよ」 と、そして、 「俺、また出るから・・・今日も帰ってこないと思うけど、用があったら携帯に連絡しろよ、葉」 笑って、一人で玄関に向かった。 ――は・・・っ薄情・・・!!なんて薄情なんや!お前は! 俺が心の中で一葉を罵っていると、山井が始めて口を開いた。 「・・・森澤」 俺はここに、二人残された現実に戻され、また身体を硬くした。 「とりあえず、座ろうか」 山井も大きく息を吐き、リビングに戻った。 俺は自分の家なのに、ただ、従うだけだった。 一葉がよく寝転んでいるソファに、市成が座ったので、俺はその端に、ぎりぎりに座った。 重い沈黙が流れて、俺は俯いたまま、口を開いた。 「・・・あの、何ですか、用って・・・」 耐えられなくなったのだ。 出来るなら、早く開放されたかった。だから、用を急いだ。 なのに、山井から返ってきた答えは、俺の耳を、理解しようとした頭も、疑うようなものだった。 「・・・好きだ」 俺は思わず山井を見て、その真剣な目とぶつかって、動けなくなった。 どういう意味か、理解できなかった。 出来るはずもなかった。 ――いま、なんて言った・・・・? |
to be continued...