| ウソツキ １０
「・・・は？」 「もう・・・なんか、すげぇ、森澤に惚れてるみたいなんだ」 「・・・え？え、え？」 俺の思考回路は、どこかで狂っていて、うまく回っていない。 「森澤？」 ソファの上で、近づいてきた山井に、俺は反射的にビクッと身体を避けた。 「・・・あの、よう、判らへんのですけど・・・どうゆう意味ですか？」 「どうゆうって・・・そうゆう意味だよ」 「えっと・・・俺、一葉やなくて、弟ですけど？」 「当たり前だろ、お前が好きだって、言ってんの」 「・・・でも、山井先輩は、一葉が好きで・・・」 「好きだった」 「え？」 「好きだった、けど。今は、お前の方が気になる」 「・・・・・？」 俺を真剣に見る山井に嘘は見えない。 だけど、その言葉を素直に受け入れられない。 「俺から、お前を遠ざけるクラスのヤツも、お前の幼馴染とかゆうヤツも、全っ員、ムカツク！全員消してやりたい！」 「・・・あ、あの、」 「そしたら・・・俺のもんになるだろ。俺だけ、見てればいいだろ」 「ちょ・・・ちょぉ、待ってください、なんか・・・話が」 さっぱり見えない、と思った。 つい、この間まで一葉が好きだと言っていたこの男の、いきなりなこの展開はなんだ？ 頭を抱えた俺を、山井がその腕の中に収めた。 「・・・・？！」 固まった状態で、その腕の中に納まってしまった俺は正気に戻るのに数秒が必要だった。 戻ってからは、その自分とは違う胸板を押し返す。 「・・・ちょ、何やねん、離し・・・」 「いや。離さない」 「はなさ、て・・・アホみたいなことゆわんと、離しって」 「アホみたい？！どこがだよ！」 「や・・・やって、どう見たって、一葉好きやのに、俺といるなんか・・・おかしいやろ」 「お前、俺の話し聞いてんのか？」 言われて、聞いている、と答える。 俺が山井の声を逃すはずもない。 「俺は、一葉より、お前のが好きだって言ってんだよ」 「・・・・なんで？」 俺は、思わずそう訊いた。 そんなこと、信じられるはずもなかったからだ。 あれだけ一葉を追いかけておいて、あんなに一葉に惚れておいて、たった数日で心を変えたなんて、信じられるはずがない。信じたくもない。 山井は俺の態度に苛立って、俺の肩を掴んで、その怒りの混じった真剣な顔を見せた。 「理由なんか、俺が知るかよ！」 「・・・そんな」 その理由が、一番最初に来るはずではないのか。 「やって、俺、一葉とおんなし顔で、」 「同じ顔でも、お前がいいんだよっ、同じ顔でも、一葉にここまで言わねぇよ！」 俺は、顔が熱くなるのが判った。 恥ずかしくて、嬉しくてではない。 怒りで、紅潮しているのだ。 「じょ・・・冗談やない！」 いきなり、頭が回転し始めた感じだ。 理解すると、猛烈に怒りが込み上げてくる。 「な、何考えてんねん？！あんた、ふざけんのも大概にしぃや？！」 「ふざけてねぇよ。葉一が、好きだ」 「・・・っ！」 俺は思い切り、山井の顔を叩いた。 平手だったけど、かなりいい音が響く。 それでも、山井は俺を離してくれない。 「か・・・っ勝手に、名前呼びなや！」 「なんで、何が嫌なんだよ。俺のこと、嫌いか？」 「き・・・っ」 嫌いだ、とすぐに出なかった。 俺は顔を歪めて、 「前にもゆったやろ！！」 俯いて、その視線から逃れたかった。 「そんなこと、聞いてない」 山井に言われて、気づいた。 ――しもた・・・俺が、言ったけど・・・あれは一葉の言葉や・・・ 俺は舌打ちをしたい気分だった。 だけど、本当のことなんて言えない。 「ど・・・っどうでもええやん、離して、もう」 「離せれねぇよ、もう」 「嫌や！離して！」 「嫌だ。離さねぇ」 お互いが譲らず、山井は苛立って、俺の身体を揺すった。 「はっきり言えよ、嫌いなら嫌いって、俺はお前を一葉の代わりになんて思ってねぇよ、言っとくけど・・・一葉を好きだって、俺は一葉を捜して学校中を追っかけてねぇぞ」 「・・・は？」 「追いかけてまで探して、それでも会いたい話したいなんて、思ってなかったなのにお前は・・・すげぇ気になる。ずっと目の届くとこに、いて欲しい」 俺が何も言えないでいると、山井はそのまま話し続けた。 「正直に言うと・・・一葉になんにもしてないわけじゃないけど、後でバレたときやだから言うけど、一回、アイツにキスした」 「・・・・っ」 「なんか、そのときすっげぇ無防備で、可愛すぎて、思わず、だったんだけど・・・でも、それっきりだったし。お前と会ってから、もう、お前の方しか、見てない」 だから、信じてくれ、と山井はこっちが痛くなるような声で、言った。 俺は、放心した。 真剣に見る、山井を、見れない。 俯いて、心臓がすごい音でなってるのを感じた。 ――それって・・・それ、まさか、あのときの？あのときの、キス？ 俺が頭の中をグルグルまわして、何にも言えないでいると、山井はまた、その腕の中に俺を抱いた。 簡単に、俺なんかすっぽり入ってしまう。 その腕の中で、俺は答えを見つけれないでいた。 ――ここで・・・言ったほうがええの？ でも、なんてゆうん、あれは俺ですって、莫迦正直にゆうつもりか。 俺は、でも、それで・・・ 騙してたって・・・ 嫌われたら？ もう、多分・・・二度と、俺なんか、見てくれない・・・っ 俺は、考えて、いやなことばかり浮かんで、涙が浮かんできて、それでもどうしたらいいのか、と思ってると、背中に圧力を感じて、現実に戻った。 いつの間にか、ソファに押し倒されている。 山井が、俺を抱きしめたままだ。 「・・・・っ」 首筋に、温かい息を感じた。 大きな手が、俺の細い身体をゆっくりと撫で上げて、 「ま・・・っま、て・・・！」 この展開は、いきなりすぎる。 自分で、まだ答えを出していない。 もう、流されたりできない。 「・・・葉」 耳に、直接声が入る。 「・・・・っ」 その、掠れた声に、ゾクリ、と背中が震える。 シャツの、Ｔシャツの裾から、手が入って来て直接身体に触れたことに、また、震える。 「あ・・・ま、待って、山、山井、さん・・・っ」 声も、震えていた。 「・・・待てねぇ、嫌なら、突き飛ばせよ」 手が震えて、山井の服を握り締める。 それだけで、精一杯だ。 突き飛ばすなんて、出来ない。 出来なくて、そんなことをいう山井が憎らしくて、もう、自分でもどうしたらいいのか判らない。 そのとき、流されようとしていた俺を、現実に引き戻す音が聞こえた。 チャリ、と金属が揺れる音が聞こえた。 いつの間にか、前を合わせていたシャツが開かれ、首筋に手が伸ばされていた。 「・・・・！」 俺は蒼白な顔で、勢いよくそのシャツを掻き合わせた。 山井の驚いた顔が、視界に入って、俺は思わず身体をソファに向ける。 ――ど、ないしよう・・・バレた。絶対、気づいた・・・！ 真っ暗になった気がした。 何もかも、終わった気がした。 山井にだけは、見られたくなかったのに。知られてはならなかったのに。 山井が一葉にあげたはずのネックレスが、俺の首元で鳴っていた。 |
to be continued...