ウソツキ  11




「・・・え、あれ?」
きっと、山井の中でも、疑問が駆け巡っているのだろう。
俺は、どうしても、それをもう見せたくなくて、山井に背を向けて、そろり、とソファから降りようとした。
「ちょ、待て」
それを、またソファに戻される。
「今の・・・もしかして、なぁ」
「・・・」
それに、俺が答えれるはずがない。
誤魔化そうにも、何にも言葉が出てこない。
「逃げるな、もっかい見せろ」
「・・・イヤです」
「いや、じゃねぇ、いいから見せろ」
「イヤやったら!」
「見せろっつってんだろ」
山井は背中を向けた俺を力ずくで振り向かせ、前を合わせていた手を、両手を掴んでソファに押し付けた。
真上にいる山井と、視線が合う。
俺は、それだけでもう動けない。
「・・・・っ」
俺の首から、Tシャツの襟から覗くその飾りに、山井は口を開く。
「これ・・・俺が、一葉に・・・やったやつ?」
「・・・・っ」
俺は、顔を背けた。
「なんで、お前がしてんの・・・・え?なんで?」
そんなことに、答えれるはずがない。
「・・・一葉が、お前にやったのか?それとも・・・・」
山井の思考を、誰か止めてほしかった。
もう、考えないでいて欲しかった。
「・・・あの日、俺が会ったのって・・・お前?」
何も言えない。
それが、肯定してしまっていた。
「・・・俺を、騙してたのか?あの日から、ずっと?」
冷たい声だった。
いつも、感情のまま、話している山井からは、考えられないほど、冷たい声だった。
俺は、それが怖くて、痛くて、涙が出そうになるのを唇を噛んで堪えていたけど、どうしても堪えきれなくて、目を瞑った。
「・・・っごめ、なさ・・・っ」
声が、すでに嗚咽が混じっていた。
「ごめん、なさい・・・っ」 
「・・・なんで」
「かず・・・っかず、はが・・・っあの日、用があるって・・・やから、代わりに・・・っ」
「代わりって・・・一葉の振りまでして?」
「ごめんなさい・・・っどうしても、会いたくて・・・っ」
そうだ。
俺は、会いたかったのだ。
初めて、手を繋いでくれたこの人に、もう一度、会いたかったのだ。
「一葉の、振りしたら・・・っもっかい、会えるて思て・・・」
「もっかい、て・・・え?まさか、あの、前の日、駅から手ぇ繋いだ・・・」
それは、俺だ。
道に迷った、俺を連れて帰ってもらったのだ。
「ごめ、なさい・・・っ山井さんが、一葉を好きなん、わかってるから・・・っ」
「判ってるって・・・」
山井は、俺の手を解いて、俺の上から身体を起こした。
ソファにどっかりと座りなおし、大きく息を吐いた。
「・・・サイアク・・・」
俺は、その言葉が一番、響いた。
 ――ほんま、サイアクや・・・俺、最低な、ことした・・・っ
「ご・・・、ごめんなさい、ほんまに」
身体を起こして、山井に頭を下げる。
頬から伝う涙が、ソファに落ちる。
謝って、どうにかなるもんじゃないって、判ってる。
でも、謝るしかなかった。
 ――もう、終わりや・・・一葉も、ごめん・・・はよ、ゆっておけば良かったんや・・・でも、ゆって、関わりが無くなるんが、やだった・・・
    ほんま、俺、自分のことしか考えてない・・・サイアクや、ほんま
「もう、ええから・・・ごめんなさい、か、帰って・・・」
帰って、もう、二度と会わない。
それでも、仕方ない。
「・・・え?」
「か、帰ってもええから・・・」
引き止めたり、出来ない。
とゆうより、自分が辛いから、早く帰って欲しかった。
「帰れって・・・なんで」
「も、もう、ええから・・・」
「・・・ちょっと、待て、お前、何か変なこと考えてないか?」
言われて、首を振る。
 ――変なことって、なに。
「なにって・・・もう、き・・・っきら、嫌いんなったやろ・・・っ」
自分で、口にするだけで辛い。
言葉にすると、ますます涙が出てくる。
山井に、大きくため息を吐かれた。
「・・・なんで、そうなるんだよ」
「なんでて・・・そんなん、当たり前や・・・っき、らって・・・っ」
言葉が、出ない。
何度もいえない。
「嫌ってねぇよ、一人でつっぱしんな」
「・・・嘘や、そんなん・・・」
「・・・どーして、お前は俺のこと信じてくれねーんだ・・・嫌いになんかなるはずねぇだろ」
「・・・なんで?」
「なんでって・・・お前な、そんな凶悪な顔でそんなこと・・・」
「え?」
「いや・・・だから、嫌ってない。好きだって、言ってるだろ」
「・・・・」
俺は、じっと山井をにらみつけた。
どうしてそんなことがいえるのか、全然判らない。
「頼むから、信じろよ・・・そんな簡単に、嫌いになれるかよ」
「な・・・っなんで?だって、サイアクって、さっき・・・」
「いや・・・それは、自分に」
「自分?」
山井は大きくもう一度息を吐いて、それから俺に向き直った。
「気づかなかった、自分がサイアクだって、罵ってたとこ」
「・・・・・」
「まじで、なんでわかんなかったんだろな、俺・・・一葉があんな顔するわけねぇじゃんな・・・可愛くて可愛くて、もう、どうしようもなくて・・・一葉のこと好きだったけど、マジで告ろうと思ったのは、お前と手ぇ繋いだときに、そう思った。遊びじゃなくて、真剣に、俺を見て欲しかったから・・・したら、また、そのときにすげぇ可愛くて・・・離せなくて、思わず手が出て・・・」
俺は、その山井の告白を呆然と聞いていた。
「・・・なんだ、俺・・・お前に会ったときから、マジで惚れてたんだな、と・・・」
「・・・お、怒らへんの?」
「なにを?」
「だ・・・騙して、たん・・・」
「なんで」
「き、嫌わへんの?」
「だから好きだって言ってるだろ」
「・・・・す、好きって・・・俺を?」
「そう、お前を」
「・・・なんで」
「ああもう!聞くなよ!信じりゃいいんだよ!俺は、お前が好きなの、マジで!」
「・・・・・」
俺は、呆然としたまま、反応をどうすればいいのか判らなくて、ただ、俯いていた。


to be continued...



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