ウソツキ  8




俺は非常に機嫌が悪かった。
誰が見ても、そう見えた。
だから誰も俺に声を掛けれない状態だった。
不機嫌のオーラが、教室全体を包んでいた感じだ。
理由は、「会わない」と言い切った男が、ことごとく、顔を見せるからだ。
本日すでにあれから二日が過ぎているが、教室にいようと、移動しようと工業科のくせに普通科の構造を知りきっている様だ。
俺がこんなに不機嫌なのは、クラスの誰もがわかっているくらいなのに、あの男にだけは通じない。
「なんで?何でやねん、一葉が顔見せんな、ゆうたら見せへんくせに、何で俺のとこには来るわけ?!嫌がらせ?!」
「いやがらせって・・・」
相地もなんとも言えず、苦笑する。
「俺はなんともおもってないから?嫌われてもええから?それでもこのカオ見たいゆうんか?!フザケなや!」
「・・・や、それは違うんじゃ」
「どこが?!」
にらまれて、凄まれて、相地になにか言えるはずもなく。
「え、えーと。まぁ、今日は金曜だし、あと一時間だし、すぐ帰っちゃえばもう週末はなんにもないだろうし・・・」
「帰るよ、もーすぐ、帰ったる」
言ったとおり、俺は最後の授業を終えると、すぐに帰る用意を始めた。
「もう、すぐに帰るのか?」
俺の勢いを見て、熊谷が聞いてきた。
「帰る」
「森澤、週末って・・・」
相地が口を開いたのを、俺は視線で止める。
「悪いけど、遊ばれへん。相地と一緒におったら、絶対あの人来んねもん」
「う・・・っ」
否定できない相地は、胸を押えて何も言えない。
俺はそれを見て、
「・・・相地が嫌いなわけやないから、堪忍な?」
申し訳なく、呟いた。
相地はそれでも笑って、
「いいよ、休みくらいゆっくりしたいよな。気ぃついて帰れよ」
「うん、相地も部活頑張って、ほな、来週」
俺はまとめた鞄を持って、教室をダッシュで駆け出した。


そのとき、校門では思いがけない人間が俺を待っていた。
先に会ったのは、一葉の方だ。
少し用があって、学校から出ていくところだった。
いつも一緒のお供を連れて、校門を通りかかったときだった。
「・・・・」
私服の男に、前を遮られた。
少し視線が上だけれど、顔は若い。同じ高校生だろう。が、一葉は見たことがなかった。その相手に、まじまじと顔を見られた。
顔どころか、全身を確認するように見られた。
不快感で、口を開く前に相手が先に言った。
「・・・誰?」
「それはこっちのセリフだ」
一葉はすぐさまに返した。
一葉が睨み返すと、相手は困ったように頭を下げた。
「すみません、つい・・・」
表情がでると、この男はすごく幼さが見える。
そのギャップが一葉を驚かせて、一葉も少し警戒を解いた。
「あの、友達にそっくりやったから・・・ドッペルゲンガー?とか思って」
一葉も、その周りの友人らも一斉に吹き出した。
「葉一の友達か?!」
「・・・葉一の親戚さん?」
「親戚、って・・・兄の一葉です」
「兄?!アイツ兄貴なんかおった?!」
「おったの。双子じゃないぞ、いっとくけど。俺のが一個上」
「はー・・・そなんや・・・すいません、不躾に」
頭を下げた相手に、一葉は印象を良くした。
「葉に会いにきたのか?」
「はい。ここの、学校ですよね?」
「呼ぼうか?」
「はい・・・アイツ、携帯持ってます?」
「不便だから持たせた。今まで、持ってなかったんだってな」
「そうなんです・・・」
一葉が相手の苦労を笑って、自分の携帯を取った時、隣にいた友人が、
「一葉、呼ばなくても・・・あれ、弟くんじゃないのか?」
その声に、全員が振り向く。
ちょうど、俺はそのとき、昇降口から出て来たところだった。
正門まで三十メートルほどだ。
一葉が、俺を校門から呼ぶより早く、俺は頭上からの声に反応した。
「森澤!」
見上げると、三階の自分の教室から相地と熊谷が顔を見せてる。
「どないしたん・・・」
「今、山井先輩、出てったぞ」
俺が訊くより早く、熊谷が言った。
「お前追いかけてった。早く逃げろ」
俺は蒼白になりながら、二人にお礼を言った。
「判った!」
「気ぃつけて帰れよー」
「うん、ほな!!」
大声で話していた俺たちの会話は、周り中に響いただろうが、俺はそんなこと構っていられない。
校門に向かって走り出した。
その校門で、駆け出した俺は手を取って止められた。
「葉一!!」
「・・・一葉?なんやねん、俺急いでんねん」
一葉はこのとき、今までしてた会話なんて全部吹っ飛んでたんだという。俺に、勢いよく詰めかかってきた。
「お前・・・!今のなんだ!市成に追っかけられてって、どうゆうことだ」
「どうゆうって・・・そのまんまやんか!」
「迷惑ならそう言えよ!」
「ゆうたって通じひんもん!あの人!!」
「だからってお前、逃げ続けてるなんて家で全然言わなかったじゃないか!」
「ゆうたらどないかなるんかい!一葉はふるだけでええやろけど・・・」
俺は、そのままそこで兄弟げんかを始めようと思ったけれど、視界に違ものが入って、言葉を切った。
確認するように、一葉から視線をずらす。
「よ」
俺と目が合って、笑った。
「・・・高志・・・?」
呟いて、相手が笑うと、俺も周りが吹っ飛んだ。
一葉なんて捨てて、その相手、池田高志に飛びついた。
「おっまえ、なしてこないなとこおんの?!」
「それをお前がゆうか、ほんま、薄情なやっちゃなー」
高志はいつものように、俺を受け止めてくれる。
「連絡先も言わず、あっちゅう間におらへんなって、俺はそんなにどうでも良かったんか、ってごっつ落ち込んだで」
「あれー?ゆうてへんかった?」 
「聞いてへん。センセに転校先、ゆうても学校しか教えてくれへんし・・・」
「堪忍、俺、めっちゃ急いでて・・・落ち着いたら連絡しよ思っててんで?」
「ほんまか?」 
「ほんまほんま!・・・で、高志はなんでここにおんの?」
「・・・お前に会いに来たんや!」
「ほんまに?!」
「それ以外、なんの用があるちゅうねん」
傍からその一部始終をみていた一葉が言うには、どう見てもラブラブなカップルの再会にしか見えなかったという。
一葉はその俺と高志の間に割って入り、
「で、葉、市成はどうすんだよ」
と、現実に引き戻した。 
俺が言葉に詰まると、一葉の友人が、
「・・・おい、マジで市成がこっち来てる・・・」
と、呟く。
俺にも見える。
怖い顔の山井が、俺たちに向かって歩いてきている。
俺が焦っていると、この状況を理解してない高志とパニクってる俺に一葉は、
「先に帰ってろよ、市成止めとくから」
「一葉・・・」
「早く、帰ったら、話するから」
俺は素直に一葉に従うことにした。
高志を連れて、さっさと校門から出て行ったのだ。
だから、残った一葉と山井の会話は、全然知らなかった。


一葉は、一葉を通り越して俺を追おうとする山井を止めた。
「待て、市成。どこいくんだよ」
「・・・って、あいつんとこだよ」
あっさり返ってきた返事に、一葉も、周りも驚いた。
「お前・・・なんで葉一追いかけてんの?」
「何でって」 
「俺に似てるから?」 
「・・・・え、」
「今、俺がここにいるのにか?」
「あれ・・・あれ?」
山井はひとりで頭をひねる。
「俺を好きなんだったら、葉を追いかけるの止めてくれる、あいつは、迷惑してるってよ」
「迷惑って・・・一葉、さっきの、アイツ誰?」
「あいつ?」
「ここにいた、知らないやつ」
高志のことを指しているのだろうと、一葉は、
「葉に会いに来たんだって。葉の大事な人」
と、あっさり口にした。
間違ってないけれど、その言い方は・・・!と周りの友人は思っても、あえて口には出さなかった。
山井の態度が、目に見えて判ったからだ。
「大事って・・・!だって、あいつ笑って・・・」
「そりゃ、大事な人には、笑うだろ」
「だけど!!」
一葉は大きくため息を吐いて、
「お前さぁ・・・なに怒ってんの?」
「・・・俺が・・・?ほんとだ。すげぇむかついてる・・・」
「なんで?」
「俺・・・」
山井は呆然としながらも、自分の中で結果に辿り着いたようだ。
一葉はそれが判ったから、
「おかしいとは思ったけどな、お前、俺じゃなく葉を追いかけてんだもん」
「一葉・・・」
「何だよ」
山井は、そこでひとつ頼みごとをした。
一葉はいままで相手にしなかった山井のそれを、初めて受け入れた。


to be continued...



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