ウソツキ 7
「森澤っおはよう」 翌日、朝から級友たちは元気だった。 俺は昨日のショックから、まだ立ち直れないでいたのに、その元気さを受けて、少しよろけた。 何故かそのテンションで、俺の周りに群がる彼らが不自然で、首を傾げた。 「・・・おはよーさん・・・何?」 「何って、まだ聞いてねぇの?」 「なにを?」 「昨日、実験室で先輩と何してたんだー?」 歌うように言われて、俺は目が覚めた。 あまりのことに、俺は硬直してしまった。 「人通りの多い時間にあんなとこで、もうすげぇ噂になってるけど?」 「う・・・っうわさ、て」 「山井先輩が、兄から弟に乗り換えたって」 ――冗談やない!! 俺はそう叫びたかったけど、声がでなくて口をパクパクとさせただけだった。 その通りなら、俺も嬉しいのかもしれないが、でも事実とはかけ離れている。いすぎる。 「昨日、先輩部活遅れてきたし、な、本当?」 相地にまでそう言われ、俺は震える手で握りこぶしを作り目を据えた。 「じょ・・・っ冗談やないぞ、確かに、昨日、先輩がいたけど、それはたまたま俺の片づけを手伝ってくれただけや!」 あまりの俺の勢いに、クラス全員が押された。 だから、信じがたく思ってる生徒も、引かざるを得ない。 俺はその力のないまま、席について隣にいた相地に呆然と思いながらも呟く。 「何やねんここ・・・何百人て人間がおんねやろ?何で昨日の今日で、こんなに噂が・・・?」 「・・・だって、お前、すげぇ有名だぜ?あの、森澤先輩のそっくりな弟って」 「・・・やっぱりこんなガッコ止めときゃよかったんや・・・っ」 ――大阪に帰りたい!! 俺は、心からそう思った。 しかし、嘆いてる俺に天は味方してくれなかった。 その日はそれだけでは終わらなかった。 三時間目を終え、噂の真意を確かめるべく人々の、視線も薄れ、一息ついた頃。 隣にいた相地を呼ぶ声がした。 振り向くと、戸口の天井に手を付いて教室を覗いている男がいた。 作業服を着ていたので、工業科と判る。俺にはそれでも「どこで見たっけ」と考えていたが、相地がすぐに、 「本間先輩」 と立ち上がったので、あの体育の時間に、相地に話しかけた相手だとようやく思い出したのだ。 内緒話のように、しばらくぼそぼそと話していたが、急に相地が、 「えっ」 と大きく声を出したので、クラス中の視線を集めた。 相地は口を押えながらも、まだ暫くその先輩と口論していたが、しばらくして諦めたように席に戻ってきた。 「どないしたん?部活でなんかあったん?」 俺が眉を寄せて席に着いた相地に聞くと、相地は真剣な顔を俺に向けた。 「・・・森澤、落ち着いて聞けよ?」 「?うん」 ざわついた教室の中で、相地はそれでも声を抑えた。 「山井先輩が、お前と会いたいんだって。なんか、昨日のこと謝るとか何とか・・・だから、昼休みに裏庭に・・・って、森澤?聴いてる?」 相地は反応のない俺に、何度か手を前で振って確認した。 俺は、呆然としたまま、答えれなかった。 「昨日、なんかあったの?森澤?大丈夫?」 「だ・・・っ」 俺は首を左右に振った。 「大丈夫、ない。ちゃう。いや。いやや。会わへん、断って、」 蒼白な俺に言われて、相地も眉を寄せる。 「で、でも必ずってゆって・・・先輩もう行っちゃったし・・・」 相地も困惑していた。 でも、諦めた顔で、 「でも・・・仕方ないよなぁ・・・嫌なもんは嫌だよな」 と、ため息を吐く。 運動部の上下関係が厳しいのは、どこの部でも一緒だ。 剣道をしていた、俺にだって判る。 俺はその相地を見て、戸惑った。 ――何か、めちゃめちゃええヤツやな、こいつ・・・ 俺はそう考えると、あっさり気持ちが落ち着いた。 「・・・会うくらいなら」 「え?」 「ええよ、会うくらいなら。何されるわけでもないし、ごめんな、相地」 「えっ、ムリすんなよ?先輩、嫌いなんだろ?」 「別に嫌いなわけじゃ・・・」 むしろ、逆だから困ってるだけで。 相地にそう言えなかったけれど、代わりに苦笑した。 「一葉の代わりにされるんが嫌なだけで、」 「あぁ・・・そっかぁ」 相地は納得してくれたようだ。その人の良い相地に、思い切って頼んだ。 「相地も、一緒に行ってくれへん?」 「お、俺も?!」 「だって、ひとりで行けゆうん?そもそも俺、まだ裏庭とか知らへんし」 「そ・・・そっか。そうだな・・・判った。うん」 かなりムリにだけど、相地の了承を得て、俺は少しホッとした。 まさか、第三者がいれば、山井も滅多なことはしないだろう、と高を括ったのだ。 そのとき、俺はまだ山井市成という男を甘く見ていた。 昼休みになって、相地に裏庭まで連れて行ってもらうと、ベンチに座った二人組みが見えた。 体格のいい作業服。山井と本間だった。 先に口を開いたのは、本間だった。 「おー悪いな、相地。ほんとはさぁ、コイツが教室まで行くって言ったんだけど、それは・・・迷惑だろって言って」 「はぁ・・・その前に、呼び出しかけなきゃ、目立ちませんよ」 「会いたかったんだと、この男が」 本間は、そう言って山井を指した。 山井は、さっきからずっと俺を見てる。 俺はその視線に耐えかねて、俯きながらも口を開いた。 「・・・なんですか」 俺は愛想も何もなかった。 関わらなければ、もっとずっと楽になる、と思ったのだ。 「あー・・・悪、何か、昨日のこと、悪かったな」 「それやったら、相地の言うとおり、呼び出さへんかったら目立たへんと思いますけど」 「そうなんだけど、でも、会いたかったから」 「なんで?俺、一葉じゃないって、判ってんやないの?」 「一葉の代わりのつもりはない」 「じゃ、何で?」 「・・・なんでだろ」 言われて、俺はプツリと何かが切れた。 「・・・っ俺かて暇やないんやで!もう二度と呼びだしなや!相地使うてももう二度と会わへん!絶対会いたない!!」 捲くし立てて、俺はくるり、と向きを変えて走り出した。 「あ、森澤!」 相地が慌てて追いかけてくる。 残された二人の先輩のことなんか、関係ない。 考えたくもない。 俺に追いついた相地に、 「ええか、もう、二度と、あの人とは会わへんから!俺は一葉の代わりが一番嫌いやの!先輩に頼まれても、絶対、俺にゆうなよ!」 相地は、傍で見ていても山井の態度がどうかと思ったので、それに素直に頷いた。 「だいっきらいや、あんな人・・・っ」 ――一葉を好きなあの人なんか、見たない、絶対に・・・! 俺の思いは、強固なものだったが、山井はそれ以上に、甘くなかった。 |
to be continued...