ウソツキ  5




俺は頭上でチャイムが鳴るのを聞いた。
「・・・一葉、授業が・・・」
言っても、一葉はそんなこと気にせずに俺をどこかの庭まで引っ張り、
「お前!市成に何されたんだよ!」
と核心をいきなり突いた。
「・・・・」  
俺が黙ったまま、
 ――このまま、黙秘権とか使えへんかなー
と考えていると、
「言わねぇとあいつに聞く」
と脅す。
 ――なんて酷い兄貴や。元はといえばお前のせいなのに・・・
そう思っても、俺もばれるのは嫌だったので、口を開いた。
「・・・帰りしに、キスされた」
小さく呟いただけなのに、一葉は確実に聞き取り、
「・・・あんの男・・・っ俺の弟に!」
「いや、でもあの人は一葉にしたつもりで」
「なおさら許さん!!」
何に許さないのか、一葉はひとりで憤って歩き始めた。俺を置いて。
「・・・・」
俺は、あまりにも一葉が怒るので返って冷静になってしまった。
怒ったところで仕方ない。
俺はため息を吐いて、その場所を振り返った。
「・・・ここどこ?」
もうすでに、一葉の姿は見当たらない。
そして、授業は始まっている。
 ――しもたかも・・・
思っているとき、後ろの気配に振り返った。
「・・・・っ!」
振り返って、また驚いた。
そこに、まだジャージのままの山井がいたから。
山井は、戸惑いながらも俺に近づいて、
「・・・一葉の、弟?」
訊かれて、頷いた。
制服が違うから、区別はつくはずだ。
「転校生なのか?」
また、頷いた。
「さっきは悪かったな、すげぇ、びっくりしたから・・・」
また頷こうとして、
 ――さっき?どのさっき?
と、中途半端に頭を止めた。
山井はそんなことは気にならないのか、言葉を続ける。
「一葉に顔見せんなって言われたけど・・・それでもやっぱちゃんと誤りたいんだよな・・・て、こんなことお前に言っても、仕方ないよな」
「・・・・」
俺は複雑極まりない心境で、頭を下げも上げれもできずにいた。
「でも、ああ言われて、顔見せると、マジで怒んだよな、あいつ」
 ――だから、なんやねん。
俺は突っ込みたくて仕方なかったけれど、我慢した。
そのうち、
「・・・なぁ」  
「・・・えっ」
呼ばれて、顔を上げる。
視線が合った。
じっと、俺を見ていた。
「・・・なんか、・・・まぁいいや」
 ――何やねん!気になるやろ!はっきり言え!!
俺は首元が苦しかった。
「・・・俺、授業に」
それだけ、呟いた。
「あ、そか・・・もう始まってるぞ」
「うん、でも・・・あの」
「え?」
「・・・教室、どこやろ?」
訊くと、山井は驚いたあと、破顔して、
「はは、連れてってやるよ」
手を出した。
「・・・・」
俺はその手を見て、思わず取ってしまった。
自分より大きなことは、知ってる。
すごく、温かいことも。
それを思い出して、慌てて外した。
「・・・っ」
「え?なに?」
山井は、それに首を傾げる。
手を繋ぐことは、自然なのだろうか。山井にとって。
 ――この状況でも?
俺は首を傾げながらも、釈然としないまま、また、手を繋いだ。
手を引いてもらって、校舎に入る。
 ――どう考えても・・・おかしいやろ、これは・・・
俺は顔が赤くなるのが判ったから、俯いて、山井の後を付いていった。
さすがに、教室が近くなると場所もわかって、離してもらったけれど。
俺は頭を下げて、山井と別れた。
教室に入るまでに、この赤い顔をなんとかしなくては、とそれだけ考えていた。


会いたくないけれど、でも会いたい。
そんな矛盾を抱えて、しばらく頭をグルグルさせていた。
一葉の代わりはいやだ。でも、好きな相手に会いたくないやつなんていない。
しかし、あの一件がばれたら・・・考えたくない。
とりあえずは、この自分の気持ちが落ち着くまで、会わないのもいいのかもしれない。
その結論に達し、この大きすぎる学校に感謝した。一葉も、クラスメイトの相地も、他の科の生徒との接触はあまりない、とのことだったし。
と、安堵していた俺を、数日も経たないうちに覆された。


「・・・よ、元気?」
そう言って、目の前に現れたのは間違えようもない、山井だった。
俺は表情も空気も何もかも固めて、それから高速で頭を働かせた。
確かめてもここは、自分の普通科の実験室に行く途中の廊下で、工業科の男には何の用もないところだ。
隣にいた相地が固まった俺の変わりに口を開く。
「山井先輩、こんなとこで何してんですか?」
「ちょっと・・・通りかかって」
苦しい言い訳だった。
何があっても、用などないはずのところだ。
俺はとりあえず冷静を保つように表情筋を働かせた。
「コンニチワ・・・相地、授業、遅れるんやないかな」
「あ、うん。先輩、何か用だったら、部活のときに・・・」
「いや、別に。なんでもない。遅れるんだろ、早くいけよ」
あっさりとそう言った山井に従い、その前を通り過ぎる。
しかし、俺たちは振り返れなかった。
痛いほどの視線を背中に感じていたからだ。
それは、近くを歩いていた他のクラスメイトたちの証言でも明らかだった。
山井は見えなくなるまでずっと見ていた。俺のほうを、だ。
「まさか」
俺は、その言葉を笑って流そうとした。
しかし、周りはそうしてくれない。
「通りかかったって、言ってたやん・・・それだけやろ?」
「それこそまさか!だ」
キッパリ返された。
「森澤先輩のとこならともかく、たまたま通りかかったなんか、ありえない!」
「そんなん・・・俺は知らへんよ」
 ――なんで、俺のとこにくんのかな・・・
一葉に、顔見せるなって、言われたから・・・?
だから俺のとこ?同じ顔やから?
俺は頭を振って、その考えを飛ばした。
 ――そんなん、俺がかわいそうやん・・・


to be continued...



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