ウソツキ 3
家に着いて、そのドアを閉めて座り込んだ。 涙が止まらない。 俺はどうかしてる。 こんなに泣いて、高だか、ひとりの人に好かれなかっただけなのに。 こんなに泣くなんて、どうかしてる。 そのとき、背にしてたドアが開いた。 「葉?」 振り向くと、一葉が立っていた。 「どうした?!」 俺が泣いてるのに、驚いたみたいだけれど、俺は勢いのまま感情をぶつけた。 「あやまれ!」 「は?」 「謝れ、阿呆!」 「なに、言ってんだよ・・・お前、さっき市成と下にいたろ・・・あ!なんかされたのか?!」 一葉は、少し離れたところから俺と山井に気づき、隠れていたという。 俺がキスされたところは見てないようだ。 「お前が悪いんやろ!俺は・・・っ」 嗚咽が込み上げて、言葉が出ない。 一葉はため息を吐いて、とりあえず部屋に上がろう、と俺を引っ張った。 「お前、市成に言ってきたんじゃないのか?」 リビングのソファに座って、一葉が切り出す。 「・・・ゆうたよ、おれは、ちゃんと」 また、涙が溢れてくる。 止まらなくなってしまった。 「嫌いだって・・・ちゃんと、山井さんは、一葉しか見てないから・・・」 「葉一・・・」 勘の良い一葉には、俺の気持ちがわかってしまったようだ。 俺の流れる涙を拭いて、 「・・・ごめん、葉」 「俺やなくて、あのひとに謝れ」 「うん、ごめん・・・最低なことさせたな、俺」 「ほんまやわ・・・なんであのひとやあかんのん・・・?」 最後のは、かなりのぼやきだった。 仕方ないと思ってる。ちゃんと判ってる。 でも、口から出た。 だけど、今は謝れない。 自分でも、こんなに簡単に好きになるなんか、思ってもみなかった。 翌日、一晩寝てすっきりした俺は、涙のあともなく、制服を着た。 リビングで、一葉と顔をあわせる。 「おはよ、葉」 「・・・・・」 俺は一葉を見て、言葉を返せなかった。 俺そっくりなものが、ブレザー着てる。 俺は、学ランだ。真っ黒な詰襟だ。 顔をしかめた俺に、一葉が首をかしげて、 「どうした・・・?」 「・・・ガッコいきたない・・・」 「なんで?」 「だって!目立つやろ!」 「・・・なにが?」 「ひとりだけ違う制服やからやっ」 「・・・なら、俺の替え着る?」 「一葉とおんなじ顔でおんなじカッコウなんかもっと目立つやろ!」 どうせ、新しい制服がきたらそんなことは言ってられないのだが。 「大丈夫だろ、双子くらい、どこにだっているし」 「双子やないし・・・」 「似たような顔ならなおさらだろ」 「なんかちゃう・・・」 俺は釈然としないものを感じながら、一葉に押されて学校に向かった。 ブレザーの群れの中、俺はやっぱり異質だった。 しかも、さっきから、校門潜っただけで、 ――一葉っ一体何人の人間と挨拶してんねん・・・ そう思うほど、一葉に声をかけてくる人間が多い。 その一人ひとりがちゃんと隣をゆく俺に気づいて、「誰?」と声をかける。 それに一葉はちゃんと「弟」と答えるもんだから・・・ ――噂ってなぁ、広がるん早いねんぞ! おれはその一葉を横目で見て、 「・・・一葉、なんでそんなに友達多いん・・・?生徒の多い学校で、そやいに知り合い多くないんとちゃうんかった?」 「別に・・・友達じゃなくても、挨拶とか・・・するだろ?」 アッサリ答えた一葉に、俺は切れた。 「それが目立つゆうことやろがっこのどあほ!!」 「なぁにぃ?お兄様に向かってそんな事言うのはこの口かっ」 一葉は俺の頬を左右に引っ張り、 「ふぉおひゃふぉふぉふひひゃ!」 それでも俺は答えた。 「ちゃんと日本語しゃべってみろ、この関西人!」 「煩い!莫迦一葉!!」 周りの目も気にしないこの応酬。 よく考えたら、一番目立ってしまっていた。 後で気づいたって遅い。 「森澤葉一です」 そう言って、新しいクラスに俺は頭を下げた。 教壇の横で、その担任が、 「森澤は二年のあの、森澤の弟さんだそうだ」 言うと、今日室内から「おー・・・」と、ざわめきが聞こえる。 ――あのって、なんやねん! やっぱりこの人数の中でも目立ってんやんか!あの兄貴! 心の中で、一葉を怨みながら用意された席に着いた。 「森澤センパイの弟だろ?なんで関西から来んの?」 席に着くと、隣の生徒が小声で声をかけてくる。 「あ、俺、相地、よろしく、教科書、見るだろ?」 「うん、おおきに」 席を寄せた俺たちは、そのまま小声で話した。 授業がすでに始まっているのだ。 「親が、寄り戻してん、俺はおかんと向こうにおって」 「へぇ、良かったな」 相地の素直な返事に、俺も嬉しくなって、 「うん」 相地はなぜか少し赤くなって、俺の顔を見て照れたように、視線を外した。その理由が、 「さすが、先輩の弟・・・」 と、呟かれ、だから、今度は俺から訊いた。 「なぁ、俺も久しぶりにおうたから、あんまり知らへんのやけど、一葉って、そんなに有名なん?」 「あ・・・あーうん、結構、有名だとおもう・・・だって、すげぇ綺麗じゃん」 「そ・・・そぉか?」 俺は、同じ顔なんですけど。 でも、相地はそのまま続けた。 「いろんな人に目を付けられるのはしょっちゅうみたいだし、今は・・・工業科の山井先輩てのが、一番かな・・・」 話に出て来たその人に、表情が硬くなる。 ――そ・・・そやん、あのひと、おんなじ学校やったんや・・・! 「そ・・・そのひと・・・」 「えーと、もうストレートに・・・あ、でも、森澤先輩は、断ってるらしいから」 呆然とした俺に気づいた相地が、フォローのように付け加える。 「こら!相地!いつまでもしゃべってないで次読め!」 そこで、教壇から相地に声が飛ぶ。 相地はしぶしぶ立ち上がり、たどたどしい英語を読み始めた。 しかし、俺にはもう声さえ届いてない。 その時間は、山井が一葉が好きだということが校内に知れ渡ってることにショックを受けて、ほとんど放心していた。 でも、相地に休み時間に案内されたところによると、普通科は基本的にこの建物内からは出ることはないし、他科との接点はあまりない、との説明に、少しほっとした。 でも、そんなことは甘い考えだった。 会いたくないと思ってても、人生そんなに甘くない。 それは、二時間目を終え、次は体育だ、と教えられたときだった。 |
to be continued...