ウソツキ  2




これからふられる、山井 市成さんは、一葉の同級生で、入学当初はただの友達だったらしい。
それが、いつのまにか(たぶん一葉のツラと男子校という相乗効果)そういう対象にされて、今年からずっとアプローチがあったみたいだ。
それが最近、鬱陶しい、らしい。
「贅沢な」
知らず、呟いた。
一葉の大ばか者。あの人に好かれてるのに、他の男を選ぶなんて・・・。そりゃ、一葉の好きにするしかないけど。


そんな理由で、俺は本日、日曜日。家を追い出された。
一葉とした一方的な時間指定より早くに出たのは、地図を片手に道と格闘するからだ。
「関西弁しゃべるなよ!」
一葉にしっかりと釘も刺された。
 ――悪うございますね、関西弁で。しゃぁないやろ、十年、住んどったんやで。
早めに出たにもかかわらず、俺がその指定された公園に着いたのは、十五分ほど回っていた。
俺は相手を見つけて、立ち止まる。
 ――ほんまに・・・昨日の人や・・・
俺が入り口に立ってたのを、向こうも気づいたみたいだ。
「一葉!」
満面の笑み、とはこのことだ。
山井は嬉しそうに、駆け寄って来た。
「来てくれたんだな、ありがと」
「・・・ご、ゴメン、遅なって」
「いいよ、何時まででも待つ予定だったから。こんなに早く来てくれて嬉しい」
そんなに喜ばれると、すごく言い辛いんですが。
「キッパリハッキリ立ち直れないくらい」
というのが一葉のご希望だ。
でも、山井の笑顔で俺の心臓は爆発しそうだ。
「メシ、食った?」
「あ・・・でも。今日は俺・・・」
言いかけて、止めた。
山井さんが、笑ってるから。
分かってる、て、笑ってるから。
「来てくれただけで、嬉しい。もう、諦めるから。だから・・・もう少しだけ、付き合って」
俺は、断れなかった。


「何食う?何食いたい?」
「え・・・別に」
「腹減ってない?」
「どやろ、わからへん・・・」
呟いた俺を、振り返って笑った。
「?何だよ、関西弁?それともただイントネーションが変なだけ?」
 ――うわ、グサッてきた。悪かったな。変で。
俺はムッとしながら、あまりしゃべらないようにしようと決めた。
「あ、マックは」
「え?マクド?」
「いい?」
「え・・・ええけど」
ファーストフードって、久しぶりだ。
そう思ってる俺を引っ張って、山井は店内に入ってしまった。
「いつものやつだろ?とってくるから、席取ってて」
「う・・・うん」
俺は頷きながら、背を向ける山井を見た。
それから店内を見渡して、一番奥が空いてるのを見つけて、そこに座った。
トレーを持った山井が、店内を見渡して俺に気づく。
それから笑って、
「どうした?」
「え?」
「こんなとこでいいのか?窓際開いてるのに」
「う・・・」
俺は、窓際が一番嫌いだ。
山井はしかしそれほど気にせず、俺の前に座った。
「はい、お前の」
「あ・・・あ、りがと」
俺は差し出されたハンバーガーを開いて、かぶりついた。
それから、固まった。
「・・・・・」
口の中に広がる味が、ある。
 ――これ・・・もしかして。
「?どした?」
俺は顔をしかめて、とりあえず口に入れたものは飲み込んだ。
「これ・・・ピクルス入ってる?」
「うん。スキだろ」
 ――嫌いや!
そう言いたいのに、口をふさぐ。
どうやら、一葉と同じなのは顔だけみたいだ。
これ以上は、やばい。
どこでぼろがでるか分からない。
 ――帰ろう。これ喰ったら、帰ろう。
俺はそう決めた。
そして、目の前のこの嫌いな塊を顔の筋肉を引きつらせながら、食べた。


そのファーストフードを出て、帰る、と言った俺に、山井は
「・・・分かった」
と俺に背を向けて歩き始めた。
俺は、多分そっちが帰り道なので、その後について行く。
暫く歩いて、急に山井が振り返った。
「なぁ、」
「・・・え」
「・・・手、繋いでいい?」
俺は辺りを見回した。
住宅街の中に入ってて、辺りに人気はない。
そして、どこか見覚えのある場所だ、と思った。
 ――そっか・・・ここ、あの時、手を繋いだとこだ。
俺は戸惑ったけれど、頷いた。
「・・・うん」
山井はその手を取って、また、歩いた。
あのときのように、俺に背を向けて。
俺はまた、その背を見て歩く。
山井が足を止めたのは、もう俺のマンションが見えてからだった。
 ――もう、着いたんか・・・
俺は思わず、ため息を吐いた。
「これ」
「え?」
山井が振り返って、繋いでない手を出す。
「これ、やる」
「・・・で、でも」
「なんでもないから。貰うだけ、貰って」
言われて、俺は思わず受け取った。
小さな紙袋だった。
それで、終わりのはずだった。
「俺、・・・もう諦めるって」
「え?」
「そう言ったけど・・・」
「うん・・・」
「でも、なんか・・・よくわかんね」
「・・・なに、が」
「お前・・・今日はなんでそんなに優しいの?それとも・・・最後だから?」
 ――や、優しいって、俺が?どこが?
「最後だから・・・そんなに・・・」
 ――わ、わからへん!
そう、俺は叫びたかった。
でも、叫んでいいのか判らず、そのまま黙ってると、真剣な顔とぶつかった。
そのまま、動かせない。
「・・・っ」
山井が、ゆっくり俺の額に唇を当てた。
硬直した。
逃げ出せないでいると、もう一度山井の唇が近づいてくる。
 ――あかん、流されるな。絶対、ぜったい、後悔する・・・
そう思っても、一ミリも動けなかった。
 ――もう、遅い・・・
重なった唇は、嫌じゃなかった。
相手に流されて、深く、口付ける。
「・・・っん、」
苦しそうに息を漏らすと、自然と離れた。
 ――思いっきり・・・してもぉた。
唇を押えて、俯く。
嫌じゃない。嬉しさに、笑いそうな顔を隠すためだ。
しかし、次の瞬間、現実に引き戻された。
「・・・ごめんな、一葉」
「一葉」
山井は、あくまで「一葉」を相手にしたのだ。俺じゃない。
 ――サイアク・・・俺、ほんま、阿呆やなぁ・・・
俯いたまま、黙った俺を暫くして山井が覗き込む。
「一葉?」
顔を背けても、山井は追ってくる。
背を向けると、山井に手を取られて、思わず顔を上げた。
山井と、視線がぶつかる。
驚いた顔が、俺を見てる。
「・・・っ」
俺の泣き顔を見て、山井が動きを止める。
見られたくなかったのに。
腕をとられたまま、俺は顔をもう一度背けた。


ここから逃げ出したい。
もう、会いたくない。


それしか頭になくて、その腕を引っ張ったけど、この体格差で力が敵うはずもない。
振りほどけもしない。
「・・・やっ・・・なし」
泣き声になりそうだから、声も出したくなかった。
「嫌や!」
「一葉?」
離れたい俺を、山井は力で自分に向ける。
もう片方の腕も掴まれて、身体も背けれない。俯くしかない。
「ご・・・めん、そんなに泣かれると・・・」
「う、るさいっはよ離しっ」
「・・・ごめん、なんか、離したくない・・・」
 ――なんで?これ以上、俺を泣かしなや。
嗚咽と混じって、うまく声が出ない。
涙が、頬を伝って、地面に落ちる。
それくらい、泣いていた。
 ――悔しい。
何がって、山井が好きなのが自分でないことが。
山井の前には、俺は存在すらしないことが。
「いやや・・・ほん、ま・・・はな、して」
その声に、山井は戸惑いながらも、手を離してくれた。
「・・・俺のこと、嫌いか?」
胸が痛い。
「嫌い」
 ――好きです。一目で、好きになってもぉたから・・・
「嫌い」といわなければならない自分が、可哀想だ。山井なんか、振られてしまえ、と思った。
それから、目の前のマンションに駆け込んだ。
一度も振り返れもしなかった。


to be continued...



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