夢の忘れ物  7




その波紋はじわじわと学校中に広まった。
教室に留まっていた楓にもそれは伝わる。下校時刻、部活や帰宅でごったがえす校門から、ゆっくりと広まった。
「おい!校門に他校の男が出待ちしてるぜ!」
ドアを壊さんばかりに開けて叫んだ一人の声に、教室に残っていたものは一気に煽られて窓に近寄る。すでに他のクラスからも数え切れないほど生徒が我先に、と顔を出し鈴なり状態だった。
校舎から校門まで、それほど距離があるわけではない。顔の判別まではできなくとも、楓にはその制服で誰だか解る。
「誰?!」
「どいつの知り合いだよ」
「出待ち」をするのは男だろうと女だろうと騒ぎの元である。楓は相手が解って、用があるのは自分だと確信しても、騒ぎ出すクラスメイトたちに打ち明けれなかった。
他人の振りをする。それが一番だと思った。
「・・・俺、もう帰るよ」
楓が呟くと、遊び仲間もそれに続く。
表門から見えない抜け道はいくらでもあるのに、なぜか表門を選んだ。
嫌、周りが「出待ち」の男を見たくてその勢いに負けたのもあるが。


校門で待つ男は坊ちゃん校の制服を見につけた芦江だった。芦江は自分を一度は振り返る生徒を一人一人見逃すことなく確認している。注目されて、噂されることは百も承知だ。
しばらく門に凭れて流れを見送っていたが、いきなり目を瞠って身体を起こした。
行動を起こした芦江に、遠巻きに見て笑っていた集団の方が驚く。しかし芦江の視線はただ一人、自分を見ない楓にだけ向いている。視線の先がはっきり解った周囲の人間も、楓を見る。
「・・・楓」
芦江がはっきり相手の名前を言うと、その間に道のように人が避けた。
決して芦江を見ようとしない楓と、楓だけしか見ていない芦江に、周囲に口を挟める雰囲気ではなかった。無言が続いたので仕方なく、楓は視線も変えず、口を開いた。
「・・・誰。何の用」
「・・・話があるんだよ」
「俺はないよ。知らない人についていっちゃ駄目って言われてんだ」
「・・・楓」
「名前よぶな・・・」
きっぱりと言い切る楓に芦江が戸惑っていると、周りの友達が驚いた声を上げた。
「あ!この間雅と一緒に来てた人じゃん!」
楓は余計な事を、と舌打ちをした。
「それで楓に惚れちゃった?よくあんだよなーあんな格好させてたからさ」
「でも、中身見て逃げてくよな」
「センパイさん?も諦めた方がいいよ」
口々に言うと、芦江は落ち着いて首を振る。
「・・・知ってるから。楓、ちゃんと、話をしよう」
「話なんかないってば。もう、帰れよ」
楓は芦江を見ようともしないで、そのまま校門を足早に過ぎた。芦江に気を使いながらも、友人たちも慌てて後を追う。
芦江はまた追うことも出来ず、その背中を見送った。
学校を完全に離れてから、楓は歩調を緩めた。それに追いついた友人達は口々に言い合う。
「でもさぁ、雅の学校の人だろ?ここまですっげ時間かかんじゃねぇの?」
三時間だ、と楓は心の中で呟いた。
「すっげえ根性ー」
「そんなに悪い人にゃ見えなかったけどな」
「でも楓会いたさにここまで来ちゃう人だろー」
笑いながら、芦江を話題のネタにする友人を見もしないで、思いに耽る。


「昼には向こうを出たんだ、授業もサボって・・・」
バカな人。
サイアク。
忘れさせてよ、芦江さん。
お願いだから、俺なんか放っといてよ。


しかし、楓の思惑通りにはいかなかった。
翌日、再び放課後になって門に立つ男を見て、驚きを隠せなかった。
学校中の話題はそれ一色だ。
芦江が楓しか見ないので、そして楓がそれを無視しているので、自然と注目されることになる。
「楓ちゃーん、アノヒト誰よー」
「カレシー?」
「待ちぼうけ食わされちゃって、カワイソー」
その声をひと睨みして、無視する。気にしない振りをする。
でも、心が痛んで、他の門から帰ったり出来ない。ちゃんと、芦江の前を通って帰る。
「楓」
その声しか聞こえないのに、聞こえない振りをする。本気で嫌がっている振りをする。そのうちに自分に都合よく友人たちが見方してくれる。
「センパイさん、もうホント、諦めたほうがいいよ」
「楓嫌がってんじゃん」
自分を庇って、芦江との間に入る。逃げるように、楓はそこから走り去った。
それを何度かくリ返した、その日。金曜の放課後。
芦江は懲りもせずに楓の学校が終わるよりも早くに校門に居た。
楓はその姿を教室から見て、ため息を吐く。友人たちも同様だ。
「楓、やっぱアノヒト、お前からちゃんと言ったほうがいいんじゃないか?」
「俺らが言っても意味ないよ」
その通りかもしれない、と重く頷いた。


今日も諦めつつも、惰性になって出待ちをしていた芦江の方が驚いた。
楓が、自分の前で立ち止まったのだ。
一週間通い詰めて、初めてである。
「楓」
「・・・もう、来ないで下さい。芦江さんだって、ガッコいつまでも休んでらんないでしょう」
「楓と話をするほうが先だよ」
俯いたままの楓に、芦江ははっきりと言った。
「・・・・」
大きくため息を吐いた楓は、くるりと向きを変えて歩き始めた。
 初めて、芦江はその後を付いていった。


楓の学校の傍にある林の中は、奥に入れば入るほど人気はない。芦江は驚いている。
「田舎だから、こんなとこいっぱいあるんだよ」
周りに誰も居ない、静かになったのを確認して、楓は足を止めた。
それまでずっと俯いていた楓は、決心して階を上げた。振り向いて、睨み上げる。
「言っとくけど、俺、何も言うこと無いよ」
「ふうん?俺も、楓が欲しいってことだけだけど」 
「・・・・?!」
芦江の言葉に、驚く。いままでからいって、低姿勢で来ると思っていたのだが、だから自分は強気で押していこうと思っていたのに、はっきりと返されて、戸惑う。
芦江にしてみれば、いい加減怒っていないはずもないのだ。
一週間午後の授業をサボり続け、終電ぎりぎりに帰っても、相手は無視の一点張りである。なんとなく、楓の性格も把握してきた。
「別に、あの夜のこと、認めなくていいんだよ。もう、俺楓しか見えてないから。楓が欲しいだけだから」
「・・・っなん、何で俺なの、芦江さん、俺じゃなくても・・・」
「だって、楓以上に可愛い子なんていない」
始めの勢いはどこへ行ったのか、楓は俯いたままどもらせている。芦江の視線が一瞬たりとも自分から外れなくて、顔が上げれないのだ。
「楓は俺のこと嫌いなのか、本当に、顔も見たくない?」
「・・・・」
楓は俯いたままだ。顔が、すでに泣き出しそうになっているのが判ったからだ。
そんなこと、あるはずもないのに、もはや意地になっている。ここで言わないと後悔するのも判っているのに、首が、頷く。
「・・・・・」
芦江の沈黙が重い。
楓は俯いたまま、何も言えない。目から溢れそうな涙を止めるのに必死だ。
「・・・じゃぁ、西寺にしておこうかな」
呟いた芦江の言葉に驚いて、思わず顔を上げると、芦江はもう楓を見ていない。
「どうやら、その顔にしか欲情しないんだよな、何か、このごろあの子も嫌そうじゃないみたいだし、西寺でもいいかな」
「み・・・っ雅には、英地が・・・っ」
「最近、あの二人一緒にいないよ。連絡取ってる?」
そういえば、しばらく雅と話していないことに気づく。
俯くしかない。
本格的に泣き出しそうだったからだ。
あれだけ自分から離れて欲しいと思ったのに、いざそうなると、悲しくて仕方ない。
「じゃあ、もう来ないよ」
芦江は未練も残さず、楓に背を向けて歩き出した。
楓は、その姿すら見送れなかった。


to be continued...



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