夢の忘れ物  3




夢の中を、日常のふとした瞬間に思い出すリアルなシーン。
あれは現実だったのか。夢だったのか。
その中で、その台詞を言っているのがひとつ下の雅だった。目に涙を溜めて、必死に自分にしがみ付く雅の顔が。
だから、それが気になって仕方なくて目が離せないのだ。
その視線が今や注目の的になっているのは言うまでもない。
「修、お前いい加減にすればぁ?」
同室の友人は何度も忠告した。
「あの子はムリ。ダメだって。こっち向くはずないだろ?」
「・・・・解ってるよ、それは、わかってる」
「自覚があんのかないのか・・・」
三舟はため息と一緒に呟く。
芦江がぼうっとしていて、外を見ているとその視線を追えばその先に必ず雅がいる。
その隣に誰がいようとお構いなしに、雅だけを見つめている。いつも隣にいる英地が不機嫌にその視線から隠しても、ひたすら追うのだ。
それだけでは芦江のただの片思い、で終わったのだが、他に飛び交う噂がある。
その芦江が酔いつぶれた日、芦江と雅が一緒に居た、という目撃情報があるのだ。
こそこそと二人で芦江の部屋に入って行った、と。それで校内中で噂になっているのだ。
二階の廊下で足を止めた芦江は、じっと外を見ていた。下に雅を見つけたからだ。
そのとき、ひとり、明るい声で近づいてきた男がいる。
「おーっす、おはよ、芦江ー」
同級生で、同じ寮生の福井だった。本人も認める軽い男で、人の噂が大好きで、賭け事も大好きでそれを取り締まりもするお調子者だ。
「・・・なんだよ」
さすがに自覚があるのか、芦江はいやな相手に来られた、と福井をちらりと見た。
福井は今まで芦江が見ていた窓の外に雅を確認して、ニヤニヤと笑う。
「お前も飽きないなー、こんなおおっぴろに見せてんの、隠してるのをむしろ隠してるって感じか?」
「・・・?」
「実は、西寺ともう出来てんじゃねぇの?」
芦江は目を見張って正面から福井を見る。
「・・・なんで、そんな・・・」
「だって、あの日二人でいたじゃんよ」
「?!」
驚いた芦江は福井を掴みかねない勢いだ。
「お前か?!目撃者って!」
「あれ?気づいてなかったのか?だってお前、あの時ばっちり俺と目ぇ合ったじゃん。西寺の方が慌ててたけどよ」
芦江は絶句してしまった。
自分ですら夢かもしれないと思っていたことが、いきなり現実になったのだ。
再び外を見ると、もうそこに雅は居なかった。しかし、自分の違う何かが生まれた。


その日の夢は、いつもよりリアルだった。
綺麗な目に涙を溢れさせて、悲鳴のような声を上げる。
「あし、え、さ・・・っ痛・・・ぁ、イタァ・・・待っ、まって・・・!」
夢を見ている芦江は、なんでそんなに泣くのか、もっと優しく、感じさせてあげればいいのに、と思うのだが、組み敷いている自分は、そんな余裕はないくらいに相手をかき抱いている。
「あしっえさ・・・!あっや、も・・・俺・・・っ」
感じて泣く自分の中の少年。
それはもう今は間違えない。
芦江は雅だと思った。
雅はこんな顔をするんだ、と思った。
「芦江さん、すき・・・っ 芦江さん、芦江さん・・・ずっと、すき・・・」


芦江は勢いよく飛び起きた。
夢の中の声に、感じたのだ。
赤い顔で、肩で息を吐く。その様子に気づき、隣で寝ていた三舟も目を覚ます。
「・・・修?」
「・・・俺、マジで・・・やばいかも」
真っ赤な顔で呟いた。
その夢は、自分を行動させるのに充分だった。


食堂の入り口で芦江は朝早くから待ち続けていた。その表情はいつもの話しやすい、 人の良い先輩からはかけ離れていた。誰も話しかけることはなく、むしろ避けてこそこそと食堂に入っていった。
そしてそのうち、目当ての人物がくるとすぐに立ち上がった。
「西寺・・・!ちょっといいか」
「おはようございます・・・え、これから朝食・・・」
「いや、そんな時間かけないから」
雅の手を取って、食堂から出ようとすると反対の手で英地が雅を止める。
「俺も・・・」
言いかけて、付いて来ようとした番犬を、
「悪い、日野原、二人で話がしたいんだ」
珍しく芦江が上級生的に言い切ると、英地は少し戸惑ったが、それに雅が付け加える。
「英地、大丈夫だから。先に食べてて」
雅にまでそう言われて、英地は後ろ髪を引かれながらもひとり食堂に入った。
芦江は素直に自分に付いてくる雅を部屋に入れた。三舟はすでに食堂に行っていて居ない。
その部屋で雅と向き合った瞬間、芦江はずばり、と言った。
「本気で、あの夜、俺といただろう?!」
「・・・修先輩?」
あまりの真剣さに雅も引いてしまう。
「あの時、俺に好きだって言って・・・」
「せ、先輩?ちょっと待ってください、いつですか?僕がですか?」
「そうだよ!お前の顔だったし、声だって・・・!」
言って、雅の顔が真っ赤になったとき、思わず声を止めた。
赤いながらも、雅ははっきりと口を開く。
「・・・絶対、僕ではありません。修先輩とは、一度も二人きりになったことはないですし、そうゆうことも・・・!」
「・・・?なんて?」
芦江は違和感を感じた。
夢の中の雅と、目の前にいる雅と。
「何がですか?」
「誰と、誰がって?」
「・・・?僕と、修先輩の話でしょう・・・?」


  「芦江さん・・・俺のこと、忘れてね・・・?」


芦江は何度も頭を振る。
どこか違う気がしてきたが、この顔に間違いはないのだ。
「だっ・・・だけど、でも、俺を、あしえさん、て呼んで・・・」
「本当に、僕だったんですか?」
「顔は、絶対、西寺だって・・・てゆうか、もう、お前以外で考えらんないんだけど」
「先輩、その人のこと、好きなんですか?」


  「好き?」


気になって、気になって仕方がなかった。あの日から、あの夢から、あの人物しか考えられない。すでに、惚れている以外のなにものでもない。
自覚すると、自分が恥ずかしくなってきた。顔が赤くなるのが解る。
「・・・そ、うかも・・・」
「僕じゃ、ないですね?」
むしろ、雅の方が冷静だった。
「でも・・・あーもう、ワケわかんね・・・っ何であんなに呑んだんだよ俺!!」
「まぁ世の中には同じ顔の人間が三人居るって・・・」
言葉の途中で、不自然に雅は止めた。
「西寺?」
思い出したように、驚いた顔だ。
「同じカオ・・・」
「心当たりが?」
「はぁ・・・一緒に居たのが僕でないことを証明するには多分・・・」
「誰?」
とっさに芦江は訊いてしまった。藁にも縋りたい、小さな手ががりでもほしいのだ。
「でも、その子が住んでるのって僕の実家で、片道三時間かかるし・・・」
「多分、夜中近くに来て、朝方、門から出てったって由が・・・」
「じゃあ、僕じゃないじゃないですか。何で同じ寮なのに出て行くんです?」
「あ、そうか・・・」
言われてみれば、そうだ。そんな単純なことに気づかなかった。頭から決めかかっていて、他を考える余裕がなかったのだ。
「で、誰だって?」
「獅谷 楓。僕の従兄弟です。昔から瓜二つってくらい似てて・・・」
「どこにいるんだっ」
勢いあまって雅の肩を掴んだのは、遅すぎると言って英地がその部屋のドアを開けた時だった。
「・・・・あ」
内側の二人が声を揃えると、英地は目を据わらせて低く呟く。
「・・・・何やってるんですか」


to be continued...



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