夢の忘れ物  4




「・・・楓?」
芦江が雅を掴んでいた経緯を話すと、出て来た人物に英知は首を傾げた。
「なんで楓が?先輩を?」
「だから、もしかしたら、だよ。他の人かも知れないけど・・・」
雅も同じく思ったのでフォローを入れる。
英地は矛先を芦江に向けた。
「どうして覚えてないんですか。相手の顔くらい」
「・・・面目ない」
自分も久々に自分を失うほど呑んだ。
「・・・でも、日野原もその子を知ってるんだ?」
芦江は話題を変えようと呟いた。
「幼馴染です」
「実家がもともと近所なので・・・楓も一緒にここへくる約束だったんですけど、急に自分に合ってないとか言って、地元の工業校へ・・・」
「て、ゆうよりアイツ馬鹿じゃん、勉強する気なくなったんだろ」
「そうかも・・・」
「あの高校合ってるっていってたし、毎日馬鹿騒ぎしてるって」
二人の会話を聞いているうちに、芦江は頭の中の楓像があやふやになってきた。
夢の中では自分の中であんなにかわいく泣いていたのに、どうやら雅とは反対の性格のようだ。いつも天使の笑顔を振りまく雅は誰からも好かれている。
ただ、いつも横に番犬がいるので手が出せないのだ。
「先輩、本当に何も覚えてないんですか?」
雅に真剣に視線を向けられて、芦江は少し怯んで俯いた。
改めて思い直しても、自分を忘れるほど呑んだのは久しぶりだが、しかし今までこういうように誰かとそのままベッドに入ったことがないわけではない。その相手を  忘れ去ることなども一度もない。のにもかかわらず、雅とそっくりなこの相手だけは さっぱりと思い出せない。


  「忘れてね、俺のこと」


「あ、」
夢で何度も聴いた言葉。
我に返って、なんと自分は暗示に掛かり易いのか、と思った。
「忘れろって、何度も言われたような・・・」
ひとつ上の、結構頼りになる先輩の言葉を、下級生の二人は呆れて聞いてしまった。
(忘れろってことは思い出しちゃいけなかったのか?)
芦江は瞬間思ったことをすぐに消した。
夢の中で、たかが夢のことであんなに感じてしまった。
もう、忘れろというほうが無理だ。
「それだけで、忘れたんですか?」
「先輩って、結構単純・・・」
雅も思わず呟いたとき、ドアが開いた。
この部屋のもうひとりの住人、三舟が食堂から帰ってきたのだ。
「・・・なんだぁ?お前らまさか、まだ飯食ってねぇの?もう時間ないぜ」
「あ、しまった・・・」
三舟に言われて、芦江は気づく。
「悪い、西寺・・・こんな時間に話なんか・・・続きはまた後で教えてくれるか?」
芦江の言葉に二人は二つ返事で答えて、その部屋を出た。
食堂に行っても本当に食べれそうにない時間だったので、朝食抜きを決めて自分たちの部屋に鞄を取りに戻る。
「・・・雅」
「ん?」
その途中、英地が重い口を開く。
「本当に・・・楓だと思うか?修先輩と、その・・・」
英地は今ひとつ、自分の中の楓と芦江を誘った人物とが一致しないようだ。
「そう・・・?楓結構ロマンチストなんだよ」
「楓がぁ?」
「うん・・・今思うと、ほら、去年のうちの学園祭に呼んだ時、何枚か写真取ったじゃん、あれの何枚か、楓が欲しいっていってさ」
「楓が写ってんの?」
「ううん、僕とか英地とか・・・そのときはなんとも思わなかったけど、うちの学校にあんなに興味のなかった楓がうちの生徒の写真、欲しがる・・・?」
「その中に修先輩が?」
「んー・・・も、いたと思うけど・・・集団だったしなぁ」
「まぁそれは本人に聞けばいいけど、修先輩ねぇ・・・楓、そうゆうの平気だったか?俺、楓のタイプって知らねぇや」
「え?本当?」
「だって、楓まったくそうゆう話しぇし、誰と付き合うでもないし・・・」
「好きな人はいなかったと思うけど、楓は英知の兄さんみたいな人が好きだよ」
「はぁ?兄貴?」
「うん・・・包容力あって、和ませてくれる・・・そういえば修先輩もそんな感じ」
「はー・・・そうだったのか」
「でもタイプと好きな人間て別だしね。それに楓、僕らのこと知っても、ふーん、で済ませちゃったし、大丈夫ってゆうかあんまり気にしないよ」
「そっか・・・」
二人が言い合っているとき、芦江は落ち着かなかった。
一日が、長く感じた。
夕食を食べ終えてまた後輩に部屋に来て貰うのにソワソワと落ち着きがない。
同席した三舟にもそう笑われて、雅はちょっと詰まった。
「・・・そんなに期待されても、もし違ったらどうしよう・・・」
「いいよ、俺の責任なんだから」
芦江がはっきりと言って、三舟も同意した。
「そうだ。コイツが悪い」
雅はとりあえず、自分の従兄弟である楓のことを話した。今朝、英地と言っていたこと、普段の生活、性格。
そして二人が一緒に写っている写真を見せた。
三舟も驚くほど、二人は似ていた。
「これで双子じゃねぇの?」
「母親が、双子なんです」
それでも驚くべき遺伝子だ。
芦江といえば、何度聞いても夢の中の人物と一致しないようで、別に「獅谷 楓」という人物を思い作るしかなかった。そのために、その写真を食い入るように見た。
一通り聞いてみて、芦江が複雑そうに顰めた顔をしていると雅が戸惑いながら提案する。
「会ってみますか?本人と・・・」
「え?」
「今週末、楓の学校、文化祭で・・・ちょうど誘われているので、一緒にいきますか?」
芦江にしてみれば、思ってもないことである。
会えば、何もかも解決すると思ったのだ。
もう、頷くしかない。


to be continued...



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