夢の忘れ物 2
朝。 芦江 修は全身を襲った寒気で目を覚ました。どうしてこんなに寒いのか、寝ぼけた頭をゆっくり動かして布団に包まった身体を探ってみる。 「・・・・・・・」 目を閉じたまま、なんだろう、と思う。まだ思考が回転していないのかよく判らない。 「?」 仕方なく、目を開けて布団の中を見た。いや、自分を見た。 何もなかった。自分の身体だけだ。 問題は、それの身体が何も着ていないことだった。 しばらく己の裸体をじっと見ていた。まだ寝とぼけていて、考える思考も止まっている。 しかしだんだんと頭の奥が波打つように痛み始めた。 「・・・ってぇ・・・二日酔い?なんだぁこれ・・・」 頭を重たそうに押えながら、布団を剥いだ。シーツが、汚れていた。 「・・・・アレ?」 自分の記憶を探ってみても、頭痛が酷くなってきてそれどころではない。仕方なく水を飲もうと床に広げっぱなしになっている自分の服を再び身に着けた。 洗面所で水をコップ一杯飲んで、ついでに顔を洗う。だるい身体を動かしてベッドに戻り、時計を見ると七時を回ったところだ。芦江の隣のベッドで安眠している、同室の 三舟 由 を見つけて、無理やり布団を引っ張る。 「ゆう〜〜っ」 情けない声を上げると、三舟は寒そうに身体を丸めて、眉を顰めて片目を開く。 「・・・寒いっまだ寝かせろ!」 「・・・ったぁ・・・大声出すなよ・・・アタマ痛ぇんだよ」 「呑みすぎだよ、てめえは」 ベッドに座って、そのままベッドに倒れこんだ芦江に代わって、気のいい友人はそれでも起き上がった。 「んー・・・昨日、俺なんかした・・・?」 ベッドに押さえつけたままの口で聞く。 少し、後ろめたかったからだ。 「・・・覚えてない?」 頭上に聞こえた少し責めるような声に、芦江は言い訳じみて、身体を起こした。 「いや・・・なんか、こう、誰かと居た感覚はあんだけど」 「当然だ。その子が帰るまで、俺は部屋に入れなかったんだぜ」 「え。いつ?」 「少し・・・暗かったな。五時くらいかな・・・」 三舟は隣の部屋に入り込んで待っていたことを思い出す。 「見たのか?」 「いや、門のとこ、出て行く後姿があったからさ、それで勘で戻ってみたらドア開いてるし・・・・ってお前!相手覚えてないのか?!」 「大声だすなー・・・」 芦江は再びベッドに倒れた。 実は、自己嫌悪がだんだんと襲ってきているのだ。いくらべろべろに酔っていたとはいえ、一晩中一緒にいた相手を覚えていないとは。 三舟が責めるように黙っている間、しばらく思いに耽っていると不意に、言葉が甦る。 「・・・芦江さん」 「・・・?」 そう言ったのは、誰だった? 芦江は瞬間思い浮かんだ顔が、自分の知っている人物と重なって、まさかと首を振る。 彼であるはずがない。 身体を起こして、そんな考えに至った自分に驚く。三舟はそれで何かを思い出したのか、と訊いてくる。 「・・・なんか、西寺だったような・・・」 自分でも否定しながらも、呟く。三舟も当然のように驚いて、 「はぁ?!それはねーだろ、西寺ってあの西寺だろう?二年の、キレーなツラの大人しい 西寺 雅」 「・・・いや、判ってるんだけどさ」 「あの子はあれだろ、同室のボディガードごときの番犬みたいな男とずっと一緒じゃん、有り得ねぇよ」 「んー・・・そうだよなぁ」 だけど、と芦江は俯く。 一度思うともう他の人間の顔が思い浮かばない。 もう一度思い出してみようと考えてみても、やはりもうその顔しか浮かんでこない。 ほどなくして、ダウンした。 「・・・ダメだ。寝るわ、俺」 「そうしろ、俺も寝る」 芦江は自分のベッドに戻って汚れたシーツを剥ぎ、丸めてそのまま床に放り投げて、それから目を逸らすように布団に包まって睡魔と一緒になった。 「忘れていいから、俺のこと 芦江が本格的に目を覚ましたのは夕方だった。 ぼやけた夢を見ていたようで、まだアレが夢だったのか現実だったのか判っていない。 夢の中で、誰かが何かを言っていた。その何かを思い出そうとしても一度現実を見てしまっては思い出せそうにない。仕方なく、起きることにした。 ベッドから足だけを下ろして頭を掻き毟る。隣のベッドはすでに人気はない。三舟はもう起きているらしい。 「五時か・・・腹が減ったな」 二日酔いも治まりかけて、頭がはっきりしてくると昨夜から何も食べていないことに気づく。 「食堂開いてっかなー」 ぼさぼさになった頭をかきあげながら、部屋を出る。 自分の二階の部屋から一階の食堂へ降りるとロビーで二人の下級生と会った。 「修先輩、今起きたんですか?」 下級生の二人組みの片方は西寺 雅。もうひとりは日野原 英地、は呆けた顔の芦江ににっこりと微笑む。雅の笑顔に、芦江は思わず返事も忘れ見入ってしまった。 (この顔、どっかで・・・) あまりの真剣さに雅は首を傾げ、英地はその間に割り込んで、 「先輩、どうかしたんですか」 疑問ではなく脅し口調である。 うわさに立つほどの番犬ぶりだ。 芦江はそれで我に返り、しばらく瞬きを繰り返す。 「スマン、ぼうっとしてた」 「まだ寝ぼけてるんですか?」 雅が笑うと芦江はやはり気になる。 だから英地の存在がそこにあるにもかかわらず、つい訊いてしまったのだ。 「西寺、昨日の夜、俺といた?」 「・・・・?!」 雅が驚いて目を見張ると、英地が先に答える。 「雅はずっと俺と一緒でした。誰かとお間違えでは?」 「・・・・そうかも」 「そうです」 きっぱりと言い切った英地はもうその場に居たくないのか雅を連れて部屋へ戻っていく。 芦江はまずった、と思いながらも食堂に向かった。 それから数日、芦江の行動はおかしかった。 自分でもおかしいと思っていたのだから、傍から見ればアヤシイ以外の何ものでもない。 「あなたのこと、ずっとみてた。でも、忘れてね?俺のこと・・・・ |
to be continued...