いつか雪の降る街で  6





男を抱いたのはキナが初めてで、そしてキナ以外を抱いたことはないはずだと言うのに、犬養はあっさりとキナを快楽の中に堕とす。
柔らかくもないと言うのに、キナの身体を弄って翻弄する。
「や・・・っぁだ!」
自分の狭いベッドに押し付けられながら、服を乱暴に剥ぎ取るようにして肌を暴かれる。
押し返してもその手が止まることはなく、力にものを言わせてキナを組み敷く。
けれど、泣いて嫌がっても、その唇を塞がれることはない。
今更、強姦なんかで傷付く身体ではない。
そう自覚しながらも、無言の圧力がキナをますます辛くさせる。
目に浮かんだ涙を、もう拭うこともどうでもよく、貪られる、と言うのが正しいような身体への愛撫を続ける相手に怒りを感じた。
「・・・っくせ、に・・・っ」
思いを声にしたけれど、嗚咽が混じって言葉にはならなかった。
それに気付いた犬養も、手を止めないまま聞き返す。
「なんだ、」
「・・・っ、ぅ、け、っこん、する、くせに・・・っ」
「―――お前、それは」
「どうせ、俺は・・・っ頭、良くないし、学もないし・・・っ落ち着いてもないしっ、全然、大人じゃ、なくて・・・っ綺麗でもないし、男で――結婚も、出来ない・・・子供で」
「お前、やっぱり川内先生の電話を聞いたな?」
「・・・っ知らないっ、そんな、ひと・・・っ初めから――するならするって、言ってくれてたら・・・っ」
結婚をすると、知っていたら。
他の誰かと一緒になると、知っていたら。
キナは溢れるだけの涙を抑えるように、手で顔を覆った。
「俺、最初に・・・、言ったのに、浮気でも、いいから・・・っ遊びでも、いいからって・・・っなのに、嘘吐き・・・!」
そうしなかったのは犬養だ。
詰って見せても、相手には通じているのかただ一言、
「俺は嘘は言ってない」
 ――気持ちが、変わったとでも言うの。
それすらキナにはどうでも良かった。
現在が違うというのなら、キナにとってそれは裏切りになってしまう。
 ――だから、好きになんて、なりたくなかったのに。
好きになってしまえば、相手よりもずっとキナは嵌ってしまう。
もう抜け出せないと知りながら、キナはそれでも逃げ出したいと必死だ。
「や・・・っあ!」
酷く詰ったというのに、犬養はキナの下肢に手を伸ばして躊躇うことなく中心に顔を埋めた。
「や・・・っやだやだ! そんな、の・・・っんー・・・っ」
されれば反応する。
そこはそういう機能なのだ。
身を捩っても犬養は強く身体を押し付けて、足を開かせる。
太腿を掴んだままキナを唇に含んで舌を這わせる。
濡れた音が、滴るような音がするのを聞きたくなくてキナは抵抗も諦めた手で耳を塞いだ。
けれど身体が反応して追い上げられていくのを感じる。
「ぃ、や・・・っあっあ! やだ、はな、して、それやだ! やだ、って、離して!」
放出してしまった悲鳴と、唇を離さなかった犬養が嚥下する音がキナの頭に響いた。
「・・・・っは・・・っ」
 ――飲まれた、飲んだ、この人・・・っ
乱れた呼吸を震えながら吐き出して、その事実に愕然としてしまう。
犬養はけれど動揺もなく、
「濃いな、してなかったのか」
濡れた唇を、舌で舐めて取った。
低い声にキナは自分を思い出して、濡れた目のまま犬養を睨み上げる。
「し・・・っんじ、らんない、なに、考えて・・・っ」
「お前のことだ」
「・・・・なに?」
「お前のことしか、考えていない。いいか、キナ。俺の話を聴け」
「・・・・・な、にが」
「俺は結婚なんてしない。川内先生は大学時代の恩師で、世話にはなっているが、この件は受けるつもりはない。すでに断っている」
「・・・・なんで」
「なんでもなにも・・・解らないのか」
「・・・・なんでっ」
解りたくない、とキナは首を振って否定した。
濡れた目を腕でで覆って、犬養を視界から消した。
その視線を受け続けると、自分がもっと壊れてしまう。
「やだ・・・っ結婚、してよ、しててよ・・・っ」
「しない」
お前が居るのに、と耳元に囁かれて、キナの心はますます苦しくなる。
「う、浮気で、いい、俺、そっちが、いい・・・っ」
初めから浮気の相手として付き合うのなら、どれほど心が安堵するだろう。
犬養の声は低く、しかししっかりとキナの内側に響く。
「お前に、本気なんだ」
そんなことは、聴きたくない、とキナは首を振って耳を塞ぐ。
けれどその腕も取られて、重なった身体から体温が伝わってくる。
その温度が、キナには怖いのだ。
「い・・・犬養、さん、こわ、い・・・っやだ、怖い、やだ・・・っ」
「怖くても、もう遅い」
「お、お願い、お願い・・・っやめて、結婚、してて・・・っ」
「しない」
キナの願いなど一蹴しながら、犬養はその声にふと笑みを込める。
「お前、矛盾しているだろう」
「・・・っな、にが」
「結婚するくせに、と怒ってるんじゃないのか。なのに、結婚しろと強請るのか?」
「・・・・・っ」
「お前と結婚してくれと言われているなら、俺はいつでもしてやるが」
「・・・っで、きるわけ・・・っ俺、男なのに!」
「知っている」
「な、んで、俺なの」
「さあな」
怖い、とキナが言ってももう犬養は受け入れてくれない。
自分が臆病なのは、誰より知っている。
 ――俺のせいで。
キナは恐怖と一緒に、罪の意識が強まるのを感じた。
キナが居なければ、犬養はその理想とした相手と問題なく結婚したはずなのだ。
 ――俺が、いいって言ってるのに。
どちらかを選ぶのではなく、どちらも選べと差し出しているのに、犬養はキナに手を伸ばす。
それが嬉しいと感じるのもまた事実だから、キナは涙が盛り上がるのを抑えられない。
 ――馬鹿だ、犬養さん、頭いいのに・・・すごい、馬鹿だ。
キナは瞬いて涙を零しながら、じっと年上の相手を見上げた。
 ――すごい、疲れてる? やつれてる・・・?
目の下にこんなに隈をつけているのは初めて見た。
客とする相談人に与える影響を考えて、外見はいつも整えていた男なのに、どこかそれも杜撰になっていて顎の下に髭の剃り残しも見えた。
前髪が額にかかっているせいではなく、顔色も悪く見える。
いつものきっちりと整った犬養は、大人の雰囲気を漂わせていて、隙のなさがキナの好みだった。
けれど、今の顔はどこか飢えを見せて本能だけで生きる野性を感じて、不思議に色気が増して見えた。
背中がそれに震えるのを自覚しながら、
 ――なんで、こう、なるのかな。
犬養に好かれて、想われて、嬉しくないはずはない。
けれどどうしてもそれを拒むのは、恋愛が永遠でないと知っているからだ。
 ――いっかいで、懲りろ、俺も。
「い、ぬかい、さ、ん、」
キナが想いに沈んでいる間に、犬養はまたキナの身体に愛撫の手を伸ばす。
「あ・・・っあ、あっ、そ、れ・・・や、だっ」
腰を押し付けて、ゆっくりと揺らす。
裸になったキナの身体に、まだ服を着たままの犬養が高ぶっているのを感じて、キナは思わず足を開きそうになってしまう。
首筋から鎖骨に唇が降りて、何度も口付けられる。
厭だ、と言い続けるキナに、時折肌に噛み付かれて、キナはそれすらに感じてしまう。
それでもキナは素直に受け入れられなかった。
素直になれないキナに、どこか犬養は焦れて執拗に、そして激しさを緩めず、抱いた。


キナが目を覚ましたときはもう陽は昇っていて、汚れた身体で、果てた状態のままに犬養の腕の中にいた。
そっとその腕を避けて身体を起こし、まだ眠ったままの犬養を見つめる。
 ――疲れてるの、かな。
目を閉じても、顔の疲労は取れていなかった。
キナが目を覚ましても起きないというのは初めてで、それを幸いに思いながらキナは一人バスルームに入る。
ざっと身体を洗って、そのまま手に取った服を着る。いつもの仕事用の鞄より小さなものに何枚か服を詰めて、息を吐く。
物音を立てないようにしているものの、起きないままの犬養の寝顔は新鮮で、思わず見つめてしまった。
しかしいつまでもそうしていられるはずはなく、キナは思いを断ち切るように荷物を掴んで、
「・・・考えます。」
自分のベッドに横たわる犬養に深く、頭を下げた。
立ち上がって部屋を出る直前、キナのベッドでは狭そうな犬養の身体に、思わず笑ってしまった。
 ――広いベッドが、必要なわけだ。
声を立てることはなく、そのままキナはドアを閉めた。
立ち去る音を聞いて、漸く目を開けて深く息を吐き出した犬養に、キナが気付くことはなかった。


to be continued...

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