いつか雪の降る街で  15





「帰る前にお前の家に行く」
と言い出した犬養に、キナは躊躇いながらも自分の生家へ案内した。
「あの・・・でも、うち来て、どうする、んだ?」
「ご家族は居るのか?」
「うん・・・いると、思うよ。自営だし」
「酒屋だったな」
「・・・・・・なんで知ってるの?」
「・・・・・・・・・・」
無言で返す犬養をキナは顔を顰めて、それから思い当たったように驚き怒りを覚えて、
「し、調べたんだ!!」
勢いのまま詰るキナに、犬養はさらりと受けて、
「口外するつもりはない」
「つ、つもりは、なくても・・・っそ、そんなの、そんなの犯罪だよっ! 犬養さん、弁護士って犯罪者?!」
「犯罪になったことはない。調べることも仕事のうちだ」
「そ・・・それって依頼された仕事のときだけだろ! 俺は仕事じゃないだろ! 誰も依頼もしてないし!」
「俺が依頼した」
「は?!」
「俺が、俺のために、お前のことを何もかも知りたいと、依頼した」
「・・・・・・・・っばかっ!」
どこまでも自分勝手な言い分に、キナは嬉しさが湧き上がるのをどうにか誤魔化したくて一言、罵った。
「仕方ない。お前には馬鹿になるほど、惚れている」
犬養はそんなものも平然と受け止めて、小さく栄えている町中にある酒屋の看板を見つけた。
「あれか」
「あ、うん・・・・そうだけど、なぁ? 俺の家族に、会うの?」
「ここまで来て挨拶もなしには帰れないだろう」
大人の常識だ、と犬養は常識を自ら逸脱するようなことをしておいてあっさりと告げる。
「あ、挨拶って・・・なんで?」
「何でもなにも、お前を下さいとお前の家族以外に誰に言えというんだ」
「・・・・・・・・・」
 ――ください?
キナはさらりと言われた言葉を頭で考えて、それがどういう意味なのかを理解すると今更に顔を赤くして慌てた。
「ま・・・っ待ってよ! な、なんでいきなり、そんな・・・っ」
「いきなりじゃないだろう。それとも、俺のものになると言ったのは嘘か?」
「う・・・嘘じゃ、ないけどっ」
「相手が俺じゃ、厭なのか、不服か」
「い・・・厭じゃ、ないけどっ」
「俺のような男にはやれない、と店先で帰されても、お前はもう離さないから安心しろ」
「・・・・・・・・」
キナはもうその強引さに何も言えない、と赤い顔を俯かせて、それでも躊躇っていると店の中からひょっこりと姉が顔を出すのが見えた。
「・・・キナ?」
弟と連れ立って歩く男の存在に首を傾げられて、キナは犬養の手をぎゅう、と握って覚悟を決めた。


「弁護士さんって、よくテレビに出てくる?」
夕方の配達で不在だった誠人以外の家族が揃い、犬養を迎え入れた。
礼儀正しく居住まいを正す犬養の隣で、キナは背中が冷たく思うほど居心地が悪く視線が定まらず落ち着かなかった。
家族に恋人を紹介する――という状況が、初めてなのだ。
店先でキナと犬養を見つけて、その握られた手を見てすぐに理解した千夏に勢いのまま家に上げられて、並んで座らされた。
犬養はこの状況に慣れているのか好奇心を隠さない千夏の視線を受けて、
「いえ、あれはだいたい刑事が多いですね。私は民事が専門ですので――」
「民事って、どんなことを?」
「多いものは、相続、権利訴訟などですが」
「ああ、それが民事なの」
キナもその隣で、そうなんだ、と改めて驚いていると、千夏から射抜くように視線を向けられて、
「付き合ってるのに、あんたはそんなことも知らないの?!」
「だ・・・っ、だってっ」
まず、身体の不自由な父親と朗らかな母親、さらに姉と姪を前に犬養はきっちりと頭を下げてキナと付き合っている、と宣言したのだ。
それにキナは慌ててうろたえながらも、否定も出来ずただ隣に座っていた。
千夏に怒られることに条件反射で身体を引くキナに、
「だってじゃないっ! もう子供じゃないんだから、ちゃんとした言葉遣いをしなさい! 犬養さんだって呆れるでしょ!」
「う・・・し、ようとは、思うけど、だ・・・」
だって、とまた口から零れそうになってキナは慌てて閉じる。
その隣で犬養は仕方ないな、と苦笑して、
「自分に正直なのが、キナの良いところですから。言葉遣いはどうあれ、キナの中身は敬えるところのある大人ですよ」
「・・・・・・・」
犬養の言葉に驚いたのは家族だけではなく、キナも隣で目を瞬かせて、
「そ・・・んなこと、初めて、聞いたよ?!」
「初めて言ったからな」
「なんで言ってくれなかったんだよ!」
「タイミングがなかった」
「それで――それで済ますつもり?!」
「もっと聴きたいなら、これから毎日でも言うが」
「いいっ!」
「それは了承のいい、か?」
「ちっがーう!」
変わらず冷静な犬養にキナはいつものように一人で声を荒げてしまう。
そういうところが腹が立つ、とキナが怒ってみせても傍から見れば痴話喧嘩にしか見えない。
顔を緩めた母親の隣で、父親すら仲の良さに顔を戸惑わせていた。
家族の中で、誰に了承を貰うかと言われればこの父親なのだが、会話には一度も加わらずただ傍観しているままだった。
犬養も殊更強く言うわけではなく、会話の流れに任せている。
その会話の主導権はやはり千夏で、
「犬養さんって、キナと同じなの?」
訊かれて、犬養は少し首を傾げた。
「同じ、とは?」
「ゲイなのかってこと。キナは、本当に同性にしか興味がないみたいなんだけど――」
「女性が好きか男性が好きか、で問われれば、私は女性のほうが好きですが」
「え・・・っ」
「誰が好きか、と言われれば、キナが好きですと答えます」
驚きかけた周囲に、犬養はさらりと意志を伝える。
思わず聞き流してしまいそうなほどあっさりとまた告白されたことに、キナは真っ赤になって犬養を見てしまう。
その視線すら、犬養は何でもないように受け止めていて、その場で誰よりも冷静だった。
考えればノロケでしかないそれに誰も次の言葉を見つけられず沈黙が落ちる。そ
こに口を開いたのは、今まで一言も話さなかったキナの父親だ。
膝の上に、定位置にしているのか孫を乗せて、窺うようにしながらもその目は鋭い。
「あんた――犬養さん、か、こんなガキのどこがいいんだ?」
口を開けばキナとケンカするしかない父親は、ここでも同じ態度で言葉を放つ。
なんか、と言われたことにキナははっきりとその顔に怒りを見せて睨みつけるが、言い返す前に犬養が口を開く。
「月並みですが、全て、ですね。私にはないものをキナは沢山持っている。そんなことは――ご家族のほうが重々知っておられると思いますが」
「こんなガキはそれでいいとしてもね、弁護士なんて人は、そういうのは大変なんじゃないのか」
「いえ――私は独立した個人事務所ですので、それにプライベートと仕事は関係ありません。それくらいのことで仕事に支障がでるような働きはしていないつもりですが、何かを言われればその時はその時です。それに周囲には――もう伝えてありますので」
「周囲?」
聞き返したのはキナだ。
犬養はそれにもあっさりと、
「川内先生にも伝えた。もう、見合い話を持ちかけられることはない」
「な・・・・ッ!」
驚愕したキナは、また声を失くした。


to be continued...

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