お願い、サヨナラと言って 7 私服で良かった学校では、さすがにスカートを穿くことは出来なかったが母親に勧められるままの可愛らしいものを見につけた。 顔立ちがやはり楓子と似ていたのもあるけれど、曖昧な服を着る颯太はそれまでの性格を押し込むようにただ独りでいることを好み、どこか異質な存在だった。 しかし、やはり颯太は女ではない。 成長するにしたがって、どうしても骨格がより少年らしくなってゆく。 けれどそれは母親の気にするところではないらしい。 他の同級生や、とくにいつも一緒に居る修也と比べても、まだ颯太は細く、筋肉も脂肪もないその外見からは、男であるがゆえに誰もが息を飲むような色気があった。 成長すれば男女の違いははっきりとする。 どこか低くなる声も、誤魔化しきれることではない。 どこまで、楓子で居られるのか。 颯太が想い続けていたころ、母親に変化があった。 相変わらず颯太を楓子と呼び、愛娘のように可愛がる。 けれど、どこかぼんやりとするようになった。 かと思えば、はっと驚いて颯太を見たりもする。 家では母親の言うことに従って、勧められればスカートすら穿いてみせる。 従順な娘をしているつもりだった。 時折辛そうな顔をして自分を見る母親を、颯太は不思議そうに見つめた。 その頃には、颯太のほうがどこか狂ってしまっていたのかもしれない。 「颯太」 ある日、いきなり呼ばれた。 泣きながら、嗚咽の中で呼ばれた名前は久しぶりに聞く母親の声だった。 「颯太、颯太」 父親と手を取って、颯太の前で泣き崩れた。 「ごめん、ごめんね、颯太・・・・っ」 母親だった。 楓子を失くす前の、あの母だった。 「颯太、今まで大変だっただろう、もう、楓子の真似なんかしなくていいんだぞ」 父親も、嬉しそうに泣き顔になって母親を支えていた。 楓子の真似? 泣き崩れて謝る母親は、颯太を見ていた。 そこに、楓子はいない。 颯太はぼんやりと思考が流れた。 自分以外の世界があまりに回るのが早くて、一人追いついて行けないようだった。 泣いて謝る両親を見ても、どうして謝っているのかが分からないほど、視線がぼんやりとしていた。 きっと、母親は少し前から正気になっていたのだ。 目の前にいるのが、娘でないことに気付いていた。 もう、自分の愛した娘が居ないことを知っていた。 けれど、目の前には楓子がいた。 颯太の演じる、楓子がいた。 あまりに自然に颯太は楓子で居たために、母親のほうが戸惑ったのだ。 楓子でなくて良い? 自分は、誰だった? 愛された娘でいたはずの颯太は、楓子ではない。 小母の一家も母親が正気になったことに、喜んでくれていた。 修也は少し複雑そうな顔だったけれど、それでも一緒に喜んだ。 喜ばしいことだったのだ。 そう、颯太は颯太でいることが、当然のことなのだ。 肩先まで伸ばしていた髪を、指先で癖のように弄りながら鏡を見つめた。 これが、楓子じゃない? 自分の罪は、これで終わったのか? 「颯太」 笑顔で、修也に呼ばれた。 楓子ではない。 颯太だ。 修也が呼ぶのは、颯太だ。 颯太は背中がぞっと冷たくなった。 身体中が、冷え冷えとして固まった。 「颯太?」 真っ青になった颯太を、修也が心配そうに覗き込む。 近づかないで欲しい。 「颯太、大丈夫か?」 呼ばないで欲しい。 触れないで欲しい。 笑いかけないで欲しい。 颯太じゃない。 少年ではない。 自分は、楓子のままで良かった。 もういない少女のままで、それで良かった。 終わってなどいない。 自分の罪は、無くなってなどいない。 ここにあるのだ。 修也の隣にいるかぎり、ずっとそこにあるのだ。 ごめんなさい。 颯太は、初めて謝った。 幼い少女に。 中学生になれなかった妹に。 誰からもに愛された楓子に。 それを奪った颯太が、ここに居られるはずはない。 |
to be continued...