お願い、サヨナラと言って  6






「・・・その人と、今・・・」
重い空気に耐えられなくなったのは、その相手のほうが先だった。
気まずい、と思いながらも、聞きたかったことなのだろう。
颯太は笑った。
「死んだの」
「・・・・・・」
「老衰で」
「・・・・なに?」
カウンタから訝し気な視線を受けて、颯太は笑ったままだった。
「可笑しいかしら? でも、出会ったとき、もう六十を超えていたのよね・・・」
颯太の大事な人だった。
昔も、今も、だ。
今、颯太がここにいるのはその男のお蔭だったからだ。
身体で愛し合うことはなかったけれど、心からの愛情を注いでくれた。
颯太も他の誰よりも、愛情を向けた。
父性愛、家族愛だと言われても、颯太が誰よりも愛した人だった。
「・・・この店、何時までだ?」
気まずい雰囲気を変えようと、視線を外しながら訊かれたことに、颯太は時計を見ながら、
「そうね・・・もう、閉めようかしら」
「・・・・え?」
「あまり、決めてないの。開店時間は決めているのだけど、閉店はアタシの気分次第なのよ」
「・・・・それは、そんな状態で、経営は大丈夫なのか? お前、雇われているんじゃないのか?」
「ココ、アタシの店よ? 正真正銘、権利も何もかも、アタシのお店。このお店をくれた人が、とても財産家で・・・税金対策って言ってたわ。働かなくてもいいのだけれど、そんなの、アタシが手持ち無沙汰で・・・そしたら、くれたの」
「・・・・くれたって・・・店を? ポンと? 税金対策にしても、お前が権利を持っているのなら・・・」
「ええ、だから、アタシも税金対策としてこの店をしているの」
「なに?」
「その財産家が、アタシの大事な人。もういないから・・・アタシが全てを相続したの」
「・・・・・・」
声を失くした相手に、ただ微笑みかけた。
以前のように可愛い女の子にしか見えない顔ではない。
キツクなりすぎるほどの化粧をした颯太の顔では、微笑んでも滑稽だろう、と自分でも思うだけだ。
家を飛び出したあの日から、颯太は世界が変わった。
ちっぽけな家族の中で、ただじっとしていれば良かった人形ではなくなった。
叫んで、壊してしまいたかったどうしようもない感情を、思い切りぶつけた。
ぶつけられる相手が居たことが、颯太にはそれまでで一番の幸運だったのかもしれない。


to be continued...

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