お願い、サヨナラと言って  3






上から下まで真っ黒な服を着たのは、初めてだった。
春になる直前の三月。
一気に気温が冬に戻ったような寒さで、小雨が霙に変わっていた。
その雨の中、両親に、親族に支えられて、小さな棺が運ばれた。
颯太はそれを少し離れて、ただ見ていた。
傘を差すこともなく、濡れた髪が凍るようになっても、ただ呆然とそれを眺めているだけだった。
遺影にあるのは、自分と同じ顔の少女だった。
願いは、聞き遂げられた。
誰からもに愛され、可愛らしかった楓子は、中学生になることはなくなってしまった。
事故だった。
いろんな憶測が周囲を飛び交ったけれど、事実はひとつしかない。
楓子は、もう居ないのだ。
呆然として涙も凍ったように思えた。
いや、流す涙などなかった。
颯太は、罪を背負った。
楓子が、居なくなればいいのだ、と願った颯太は、悲しみにくれる周囲を見渡し、自分のしたことを恐れた。
誰にも言えるはずがない。
泣き叫び棺に縋りつく母親にも。
唇を噛んで握りこぶしを震わせ、必死で気持ちを抑える親友にも。
事故にあった楓子の一報を聞いたときの、あの歓喜は誰にも言えるはずがなかった。
赦されるはずがない。
どんな罪でも、受け入れる。
それがどんなことでも、颯太はしてみせる。
人間として、非道な感情を持っている自分が、償えるのなら。
そして、それはすぐに訪れた。
楓子も進学するはずだった学校は中高一貫の私立で、基本的に制服がなかった。
入学式の為に設えた、まだ似合わないジャケットを羽織り、颯太は修也とそこに通い始めた。
その入学式に付き添ったのは修也の母親で、颯太の母親はあの葬式以来心が壊れたようだった。
それほど、楓子を愛していた。
誰が声をかけても、ただ呆っとどこかを眺めていただけで、父親にも、しばらくそっとしておこう、と言われ颯太には何も出来ずに居た。
「楓子、女の子なんだから、もっと可愛い格好をして?」
言われた言葉に、颯太はきょとん、と動けなかった。
入学式から帰ってきたその時だった。
玄関まで迎えられた母親を見上げ、颯太は動くことが出来ずにいた。
「髪も、もっと伸ばして・・・こんなに短くちゃ男の子みたい」
笑った母親の目に、颯太は凍りついた。
自分は、誰だった?
「楓子」
母親のこんな笑顔を見るのは、久しぶりだった。
そう思うほど、自分に、楓子に似た相手はただぼんやりとして時間を過ごしていたのだ。
自分が誰だか分からなかった。
自分が想い描いていた、苦しい想い。
あれは楓子だから?
颯太は眩暈がした。
楓子だった?
楓子なら、修也を想う気持ちを隠すことなど、苦しくなることなどない。
では、颯太はどこに行ったのだろう。
母親に手を引かれ、勧められるままの服を着た。
楓子が好きだった、母親のお気に入りでもあった春色のワンピースだった。
裾の広がりが大きく、しかし細い腰ははっきりと分かる。
平らな胸は、母親には気にならないようだった。
「可愛いわ」
似合う、と微笑まれて、颯太は鏡の前に立った。
楓子がいた。
どこから見ても、少女がそこにいて、鏡を通して母親が笑っていた。
少年の姿など、そこにも、どの場所にもいなかったのだ。
「・・・・・ママ」
少女の口から、いつもの呼びかけで呼んだ。
颯太は「お母さん」と呼ぶ。
小さな頃は、楓子と一緒に「ママ」と口にしていたが、一緒にいる修也が「お母さん」と呼ぶので自然と颯太もそう呼ぶようになったのだ。
そう呼ぶ少女はもういないはずだった。
けれど、隣に立つ母親は酷く嬉しそうに微笑んだ。
「なぁに?」
颯太は理解した。

ここにいないのは、少年のほうなのだ。


to be continued...

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