お願い、サヨナラと言って 2 「なんになさいます?」 カウンタの内側で、颯太は笑顔で訊いた。 久しぶりだと言う年月を、自分が数えていたことを知られるのも厭だった。 自分から会いに行ったこともなければ、会いに来られたこともない10年に、漸く颯太はどうしたのか、と相手を観察した。 「あまり強くないんだ、軽めのをくれないか」 苦笑されてその笑顔すら、変わっていないな、と颯太は苦しくなった。 苦しい自分に、呆れた。 いつまで、未練を持っているつもりなのだろう。 罪は重い。誰よりも深い。 傷つけて傷付いて、最後に後ろ足で砂をかけるように逃げ出した自分は、誰よりも酷い。 「颯太、変わらないな」 颯太は驚いて、そして吹き出すように笑った。 いったい、何を言うのだろう。 相手の覚えている颯太は、こんな顔ではない。こんな声も出さない。 高い声で笑うと、掠れたように聴こえた。 「何を言うの、アタシ、昔はこんな顔していないわよ」 双子の妹に似た、幼い顔をしていた。 「変わらないよ」 もう一度言った相手こそ、変わらなかった。 最後に見たとき、すでに幼い子供ではなかった。 颯太が眩しく想うほど、苦しくなるほど、想いだけが募ってしまった。 「ヘンなコト言う人ね」 颯太は相手の前に薄い水割りを置いて、苦笑した。 「変じゃない。その化粧、落としてみろよ」 「・・・・どうして?」 「相変わらず、綺麗なんだろう」 その言葉に、我慢できない、と颯太は笑った。 相手の心がなんとなく読めた。 まだ、見たいと思うのだろうか。 この、顔を。 誰かと一緒の、この造形を。 中身は似ても似つかないほど、醜いというのに。 颯太はその笑いを治めて、笑顔のままで口を開いた。 「申し訳ないけど、アタシ、この顔が気に入っているの。他人の前じゃスッピンなんて絶対見せられないわ」 「他人・・・・」 「そうよ、見ていいのは、アタシの大事な人だけ」 顔が嫌いだった。 そう言うと、なら隠せばいい、と教えてくれた人がいた。 ただひとつ、颯太が安堵出来る人だった。 「不義理ばかりしてるけど、ママに連絡はしたのよ、聞いてない?」 「小母さんに・・・」 「そう、アタシ、もう山崎じゃないの」 籍を移動したのだ。 あの家に、居られるはずもない。 |
to be continued...