いつか降る雨のように  4.5






自分の気持ちを決めてしまうと、犬養に躊躇もなかった。
仕事を片付けてすぐにでも会いに行こうとしたが、こういうときに限ってタイミングが悪い。
持ち込まれた新しい依頼はかなり複雑に絡んだ遺産相続だった。
そして後倒しになっている仕事も片付けなければ犬養は自由になどなれなかった。
それでも、時間を見つけては今まで連絡をかけることのなかった相手へと電話を繋ぐ。
しかし、繋がることはなかった。
キナの住所すら合法ではないが調べてしまっていて、押しかけることも考えたけれどそれでも押し留まった。
これ以上、非常識なことをしたくない。
心証を悪くしたくない。
キナに、嫌われたくはない。
理由は、それだけだった。
とりあえず早く逢いたくて、相田にも何も言われないように必死で仕事を片付けた。
気温が一気に冷え込んだこの日、漸く仕事が一段落し自由な時間が持てたのだ。
そして、会いに行った。
きっと居るだろう、と思ったバーに躊躇いがちに入った。
久しぶりに顔を見たキナに、犬養が思ったのはひとつだけだ。
手放せれない。
今更、諦めることなど出来ない。
すぐに連れて帰って誰にも見せることなく縛り付けてしまいたい。
どうしてこんなにも感情だけが先走るのだろう。
キナは、スタイリストという仕事柄からか、いつも自分にあった格好をしていた。
よく、自分を知る格好だった。
スツールの上に座る、細い身体。
片方の肩から落ちそうな襟首の薄いシャツに、その上から光沢のある毛足の長いファーで出来た丈の長いベスト。
細い足にぴったりと沿ったブラックジーンズ。
ウエストに巻かれたベルトは細い革で、長めのそれは三重ほどに巻かれていた。
外の気温を考えれば寒そうな格好だけれど、隣のスツールに置かれたカーキの暖かそうなブルゾン。
黒に近い焦げ茶の編上げブーツには下のほうまでしか結ばれていない。
けれどキナにはそれで充分なのだろう。
くっきりとしたアーモンド形の目に、小さな唇。
髪は不揃いのくせに無造作にセットされて小さな顔によく似合っていた。
かなりの年下で、犬養から見ればまだ幼さを捨てきれないほどだった。
けれど、どうしようもないのだ。
惹かれている。
隠しようもなく、止められるものですらない。
男の身体に嵌ってしまっただけとも思えない。
セックスに溺れる歳でもなければ、どちらかと言えば淡白なほうである。
けれどキナを前に押さえられない欲がある。
今更、誰かにのめり込むとは想像もしていなかった。
犬養はリアリストだ。
そして現実なら、今までの常識を、自分の全てを覆されても受け入れる余裕があった。
キナを、好きになってしまったのだ。
それが、現実だった。

目の前の、男がどうしても欲しい。


to be continued...

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