いつか降る雨のように 3.5 秘書の言葉に、犬養は思考が停止した。 「なんだって?」 滅多にないことだが、もう一度聞き返したのだ。 犬養がこの事務所を構え、独り立ちする前から続いている秘書の相田は、今日も感情を崩すことのない顔であっさりと同じことを口にした。 「佐上氏に会って、確認を取って来ました。書類も纏めておきましたので、確認をお願いします」 「どうしてそんなことを」 犬養は相田に対して初めてその言葉を口にした。 相田は仕事が出来る。 感情がないような外見を差し引いても、手放そうとは思わないほどだ。 右腕になるなら有能で煩わしい会話をしない相手が一番だ、と決めていた犬養にとってみれば最善の相手だった。 相田のすることに、任せることに間違いはない。 これまでに相田がしたことで、余計なことだと思ったことなど一度もないのだ。 相田は犬養の言葉を不思議そうに受け止めた。 「他の仕事に障りますので。もう、余計な労力は使われなくて済むでしょう」 「余計な・・・」 犬養は言われた言葉を復唱し、脳裏に描いて動きを止めた。 「あと、三十分後に今日一件目の予約のかたが来られます。相続問題ですね、時間がかかりますので、他のスケジュールを合わせます」 相田はそれだけを告げると、時間を無駄にしないようさっさと身を返し隣の部屋へ消えた。 犬養は座り心地の良い椅子に背中を預け、溜息を吐いた。 手探りで煙草を探し、すぐに咥えて火を付ける。 吐き出した紫煙はやはり溜息のようだった。 「・・・余計な、か・・・」 もう一度、呟いた。 そんなことは言われなくても良く解かっている。 まったくもって、関係のないことばかりをしているのだ。 自覚はあるけれど、止められなかった。 呼び出されて食事をし、他愛もない会話でキナの表情が変わるのを脳裏に焼き付けるように見つめ、そして抱いた。 手探りでキナの良いところを探して行くのはもう終わった。 考えてみれば同じ男なのだ。 自分のいいところは自分でも解かる。 相手も同じようなものだろう。 しかしキナの身体は今まで抱いた誰よりも敏感に反応してくれるような気がした。 他にどんな表情を、泣き顔を、甘えた声で誘ってくれるのか。 何もかもを暴くつもりで執拗に抱いた。 嫌がってもキナの身体は快楽に慣れている。 男に抱かれ慣れている。 それに何故か苛立ちを覚え、泣き出しても止めなかった。 男相手に。 それが妬心だと気付くのに、時間がかかった。 嫉妬しているのか? 誰に? 最後の綱のように問いかけたけれど、答えるものは自分しかいない。 答えなど、すでに解かっている。 恋愛をしたこともない子供でもなければ、遊びかどうかなんて区別の付かない大人ではない。 佐上キナ、24歳、職業スタイリスト。性癖は完全なゲイ。 たった一つの質問を、その答えを訊かずズルズルと繋げたのに理由などひとつしかない。 惚れたのだ。 子供のような笑顔で笑い、諦めを知る大人の目をする年下の男に。 自覚すれば、なんてことのないものだ。 犬養はこれで終わりだ、と煙草を灰皿に押し付け、消した。 そのタイミングをどうやって知るのか、隣から相田が顔を見せた。 「先生、お見えになりました」 今日の仕事が始まる。 相田に文句を言われず、じっくりとキナに会いに行くために犬養は仕事に没頭することに決めた。 |
to be continued...