いつか降る雨のように 2 三回目に会ったときだった。 「犬養さんさぁ、男抱くの初めてだった?」 身体を重ねたあとで、同じようにキナは何も身につけないままベッドに転がった。 シーツに下半身を隠しているけれど、まだ終えたばかりの熱が溢れて見える。 そんな状態でシャツを羽織ってシャワーを浴びようとした犬養の背中に声をかけた。 相手は振り向き、少し逡巡して見せたあとで真っ直ぐにベッドの上のキナを見下ろす。 「・・・・どうして解かる?」 キナはその答えに、正解に喜んだ子供のように顔を綻ばせて、 「なんとなく、今までのヒトと違ってさ・・・なんてゆんだろ、セックスは上手いけど、男相手のセックスはちょっと違う・・・かなぁって」 「・・・・違うか?」 「違うよ」 男を抱きなれた男のセックスは、どこか義務的なものを感じる。 濡れない場所を濡らすのも、丁寧なほどの前戯も。 犬養はベッドまで足を戻しそこへ腰を下ろす。軋んだベッドの端をキナは見上げて、 「・・・厭だったか」 頬をなぞる大きな手のひらに、にっこりと笑った。 「厭じゃないよ、むしろラッキー」 「・・・・どういう意味だ?」 「そのまんまの意味だよー、ラッキーはラッキー、他に言い方ある?」 「・・・つまり、良いことだった、ということか?」 「あ、そう、そんな感じ・・・」 笑ったキナの首筋に、犬養は身体を屈めて口を寄せた。 細い肩に手を置いて、うなじに吸い付くようにキスをする。 「ん・・・あれ? シャワー浴びるんじゃなかった・・・? またするの?」 「・・・・厭か」 「厭じゃないよ・・・・」 キナはその背中に手を回して、抵抗も無く受け入れてからふ、と笑った。 「なんか・・・ヘンな感じ」 「・・・なにがだ」 犬養はキナの身体に絡むシーツを剥ぎ取りながら、一度抱いた身体に腕を回す。 「んー・・・だってさ、犬養さん、俺の連絡先とか、全然訊かないのに・・・俺が連絡すると、断らないよね」 「・・・・・」 犬養は組み敷いた相手の言葉に手を止め、ベッドに寝転んだキナを見下ろした。 キナは真っ直ぐに犬養を見上げて、 「うーん、浮気相手としては・・・そういうほうがいいのかなぁ、と思ったり・・・するけど」 「浮気?」 キナの言葉に、犬養ははっきりと眉を顰めた。 「浮気」 キナはもう一度繰り返して、自分の指で自分を差した。 解かりやすいほど顔を顰めた犬養は、 「誰が・・・浮気相手だって? 俺は・・・お前のほかに誰も付き合ってなんかいない」 「・・・・・え?」 犬養の返事に、キナは今までで一番驚いた顔を見せた。 「あれ・・・・そう、なの? 違ったんだ・・・?」 「どうして、そういう発想が出てくるんだ」 「えっと・・・だって、今まではさ、犬養さんみたいな人は絶対結婚してたり、他にちゃんと大事な人がいたり・・・」 「俺をそいつらと一緒にするな。というより、お前は今までどういう付き合いをしてきたんだ」 浮気相手にしかならなかったのか。 犬養に真剣に覗き込まれて、キナは戸惑いを見せた。 その通りなのだ。 本気になりたくなかったし、なられても困った。 良いなと思った相手には、必ず誰かがすでに居るのだ。 確実に振られるのなら、初めから本気になどなりたくはない。 どれほど傷付くのか、想像もしたくない。 キナは自分が弱いことを知っている。 独りで生きていけるようになって、自分で自分を護ることを覚えた。 傷付きたくないなら、傷付かないようにすればいいのだ。 遊びで良い。 踏み込まなければ良い。 それで不自由に思ったことも、ない。 このままで良い。 けれど真っ直ぐな強い視線に見つめられて、キナははっきりと動揺した。 そこからどうにか逃れたくて、キナは俯くように視線を外し、 「・・・じゃ、じゃぁ、フツーの、セフレだね・・・」 「セフレ?」 「うん・・・こ、こうやってたまに会ってさ、気持ち良いことだけして、それで・・・」 「それで?」 視線を外したキナを、犬養は許さないように追いかけて眼を合わせた。 「・・・それで? 終わりか?」 「え・・・・っ」 「セックスだけか?」 「・・・・・他に、なにを、」 「お前、俺は何人目だ?」 「・・・・は?!」 「いつからこんなことをしてる? どんなヤツに今まで抱かれた?」 「は? え? な・・・なんで?」 ベッドに押し付けられて、逃がさないようにと上から圧し掛かられて、キナは鋭い視線に射抜かれたように動けなくなってしまった。 キナを見つめる犬養の額に、乱れた髪が落ちる。 後ろへ撫で付けてあったそれを、崩したのはキナだ。 隙なくスーツで身を固めた犬養は、誰が見てもエリートだった。 しかし髪型を崩しネクタイを解いた相手は、その視線の鋭さからまた違った一面が見える。 キナはその男に、その視線に見つめられて、どうしようもなく戸惑っていた。 どういう意味? 質問の意味を、理解しがたかった。 困惑しているだろう表情で見上げて、 「・・・あの、えっと、なんで・・・そんなこと訊くんだ? 俺のこと、知りたいの・・・」 「知りたい」 冗談だと返して欲しくて微かに口端を上げて言った言葉を、一瞬で真剣に返された。 「可笑しいか?」 「お、おか、・・・っ」 可笑しい。 真剣に、キナだけを見つめられたのは初めてだった。 慣れてない。 戸惑いを隠したくて、いつもの自分を取り戻したくて、犬養の下で身体を捩るように視線から逃れた。 犬養の身体を押し返しながら、 「し、知っても、つまんないよ、俺なんか・・・」 しかし犬養はそれを良しとしなかった。 抵抗を見せたその腕を掴んでベッドに押し付け、再びキナを正面から覗き込む。 「それは、俺が決める」 「・・・・・っ」 「お前の連絡先を訊いたら、お前のことが解かると言うなら、今すぐに訊いてやる」 「そ、そんな、の、おか・・・っ」 「可笑しくない」 続きを、唇で塞がれた。 呼吸が苦しくなるほどの、口付けだった。 「キナ? どうした?」 覗きこまれて、至近距離にあった顔にキナはビク、と身体を揺らした。 瞬いてその顔を確かめると、いつもの仲間の顔がそこにある。 いつものように、友人の家で飲んでいる最中だった。 いつもなら話題の中に入り呷るほど飲んでいるというのに、呆っとしているのを不審に思われて呼ばれたのだろう。 ここ数日、気を抜くと意識がいつもあの日の会話へと飛ぶ。 同じ相手で同じセックスだというのに、直前まで抱かれていたというのに。 あのあとで抱かれたそれに、キナは動揺しいつもより羞恥を隠せなかった。 それをまた、もっと暴こうとしつこくされた。 あんなに乱れてしまったのは、初めてかもしれない。 セックスなんか慣れていると思っていたのに。 ベッドの上での会話など、知り尽くしていると思っていたのに。 「なんでもないよ」 気心が知れて、しかも鋭いこの友人には視線を背けただけの言葉は通じなかった。 ニヤ、とますます人が悪くなりそうな笑みを見せられて、 「なにを、思い出してたんだ?」 「ほっとけよ、お前に関係ないだろ、譲二!」 「関係ないって、酷いな、友達だろ?」 ウソクサイ。 キナははっきりとそれが解かるように白けた視線で睨み付けて、 「お前は自分のペットの心配でもしてろ、このクサレホスト!」 「好きな男でも出来たか?」 「・・・・・ッ」 相手はキナの言葉などまったく効いていないようにズバっと核心を突いてくる。 まずい、と思いながらもキナはすぐに返せず、息を飲んでしまった。 そんな面白そうな会話に入ってこない友人達ではない。 「誰誰?!」 「キナが?!」 「どんなヤツだよ、見せろ!」 全員で一気にキナを囲む。その勢いに、 「う・・・っウルサイっ見せねぇよ! ほっとけ!」 こうなることは、解かっていた。 きっと、自分だって他の友人たちが同じようになると一緒になって駆り立てるだろう。 「キナが本命かぁ・・・天変地異の前触れか?」 そう言って笑う彼らを、キナも笑えない。 確かに、珍しい。というより、初めてだった。 誰かに、必要とされるのは。 他の誰かの代わりではなく、キナを求められるのは。 「心臓、壊れる・・・・」 あんな視線で見つめられ続けたら。 キナは赤い顔を自覚しながらも、自分ででもどうしようもなかった。 |
to be continued...