いつか降る雨のように  2.5






どうかしている。

犬養はその日すでに二箱目となる煙草を開けた。
整えた髪に手を入れ、ぐしゃり、と崩してしまう。額に髪が落ちてきても気にせず、咥えた煙草に火を付ける。
灰皿に何も残っていないのは、見かねた秘書がさっき一度捨ててくれたからだ。
「吸い過ぎですよ」
貴方らしくもない、と忠告されたけれど、他に落ち着く方法が解からなかったのだ。
煙草の量は、イラ付きと比例する。
犬養自身に自覚もあった。最近は、独りでこの事務所を構えてからはそんなことも減っていたのだが、吸わずにはいられない。
どうしてこんなに落ち着かないのかは、解かっている。
そうなった自分が、理解できない。
犬養は溜息のように紫煙を高い天井へ吐き出した。
どうしてあんなことを言った?
自分の言葉を、何度も考える。
知りたい。
教えろ。
確かに、依頼に関してはその言葉が適切ではあるけれど、あれではまるで嫉妬に狂った男のようだ。
嫉妬?
犬養は天井を見上げたままで眉を顰めた。
「・・・・誰にだ」
相手は、男だった。
恋愛の対象に、入るはずもない。入れるつもりもない。
調査対象の、一人のはずだ。
正直、この依頼を持ってきた相手はあまり付き合いたい女ではない。
早く仕事をして切ってしまいたい。
ならばさっさとあの相手に踏み込んで、調べて、それで終わってしまえば良い。
それだけのはずだった。
「遊びだよ」
そう言って笑う顔が、子供のようで。
しかし、目が諦めを知る大人のようで。
そのアンバランスさが、犬養を惹きつける。
浮気相手で良いと言われて、セックスフレンドだと言われて、どうしてもそのままにしておけなかった。
あのまま縛り付けて、相手の全てを自分のものにしてしまいたい。
そんな子供のような衝動に駆られたのは、初めてだった。
「・・・男だぞ」
犬養は自嘲のような声を漏らした。
何度も抱いた。
もう駄目だ、と言われた泣き顔に、性欲を掻き立てられた。
相手を深く知らないのは、どこか最後の綱だと思っていた。
知ってしまうと、後戻り出来ないような気がした。
「・・・先生、先日の北村氏からお電話です」
隣の部屋から、ドアを開けて秘書が顔を見せた。それに犬養は我に返る。
天井を見上げて呆っとしている場合ではない。
仕事が押していた。明らかに、必要外の依頼のせいであると自分でも解かっていた。


to be continued...

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