いつか降る雨のように  1.5






佐上キナ。最近名を売り始めたスタイリスト。
自らの性癖は周囲にも隠してはいない。しかし交友関係は広い。
犬養は広い自分の机の上で溜息を吐きながら煙草へ手を伸ばした。
調べた報告書へ載るようなそれは、まさにキナそのものだ。
隠されるようなことなどなにもない。
秘密が欲しかったのか?
それは否定できない。それを掴めば、仕事は早かったはずだ。
半ば押し切られたような依頼だった。断っても良かったのだ。
民事弁護士とはいえ、いつも自分が受け持つ内容とはかけ離れている。
気まぐれ。
そんな理由しか思いつかない。
久しぶりに会った、同級生からのものだった。
夫と別れたいが別れる理由が見つからない、と言うのだ。
隠れて浮気をしているようなのだが、巧妙なその夫は決して証拠を掴ませないという。
そんな冷え切ったものなら、書類ひとつで別れてしまえ、と思うのだがそうもいかないらしい。
そこで、その相手が浮気をした相手を探し証拠を掴もうと調べて、見つけたのがキナだった。
同性だというのが、かなりの大きなリスクになるように思って調べるついでに近づいただけだった。
犬養は火を付けた煙草を口から離し、溜息ついでに大きく紫煙を吐き出した。
「・・・・なんだっていうんだ、あの男は・・・」
抱くつもりなどなかった。
話を聞いて、証拠さえ取ればそれで充分だったのだ。
けれど、いつのまにかキナに取られた手を振りほどけず、誘われるままに細い身体を抱いていた。
男を抱いたのは始めてだった。
知識としては知っていたが、楽しいものとは思えずそういう相手から誘われても食指が向かなかった。
けれど、キナを抱いた。
確かに、男の身体だった。
どうするものか分からず、女のように始めは扱って同じように抱いた。
それからキナの反応を見てキナの良いところを攻めた。
上がる声は決して高くはない。
むしろそれを殺すような息遣いに、知らず真剣に快楽を探していた。
どうすれば、キナがもっと啼いて乱れるのか。
脳裏に浮かぶのは、細いけれど筋肉の付いた身体。
それでいてしなやかに乱れる身体。
「・・・・っ」
犬養は吸いかけていた煙草を灰皿に押し付け、新しい煙草へ火を付けた。
先ほどからそれを繰り返し、灰皿には半分も吸っていないままに押し消された煙草が溜まってきている。

―――また会ってもらえるのか―――

そう訊いたのは自分だ。
どうして、そんなことを訊いたのだろう。
佐上キナという男は調査対象であって、依頼人ですらない。
依頼人の夫と会っていたかを聞き出し、それを答えてもらうだけで良い。
あの調子ならあっさりと答えてくれそうだ。
聞いてしまえば、それで終わりのはずだった。
犬養は自分の行動を振り返る。
どうして、名刺を残した?
あの眠りに落ちたキナを見つめて、落ち着かなくなって逃げるように部屋を後にした。
けれど、テーブルの上に連絡先を書いた名刺を置いてきたのだ。
どこかで理性もあったのかもしれない。
弁護士と銘打ってあるものではなく、名前と連絡先のみのものだ。
遊びだと言われた。
キナという人間は、決して本気になどならない人種なのだろう。
男を好きになるはずもない。ただ、珍しく気に入っただけかもしれない。
犬養は自分の感情を落ち着けようとした。
訊きたいことだけを聞き出し、後は気が済むまで遊べばいいだけだ。
相手だって、そのつもりなのだろう。
犬養はそう振り切りそこから仕事へと思考を切り替えた。


to be continued...

BACK ・ INDEX ・ NEXT