それが日常だと知れる日々 9




「春則! シノブは?!」
今度は何だ、と思いつつドアを開けた春則に、飛び込むようにして入ってきたのは春則と変わらない歳の女だ。
けれど手入れの行き届いた髪とすらりとした肢体に似合うパンツスーツはキャリアな人間を思わせる。
その相手が春則を脅すようにして迫ってきたのに、
「・・・・ナルミッ?!」
春則はただ驚くだけだ。
ナルミ、と呼ばれた相手は驚かれたことに驚いて、
「何よ、何て顔してんの? ってそんなこといいから、ねぇシノブは?」
「おい、お前、ちょっと・・・!」
春則がその勢いについて行けないことも放っておいて、ナルミは戸惑う春則に構うことなく部屋へ上がる。
慣れたようにリビングに入りソファの上で眠っていたシノブが視界に入るなり、
「シノブ・・・! 元気だった? 大丈夫? 泣かなかった?」
眠ったままの子供を抱きかかえ蕩けるような嬉しそうな顔で、話しかける。
それを呆然と見守ったのは春則と繕で、突然の事態の変化に表情すらなくしている。
しかし先に自分を取り戻したのは春則だ。
知らない仲ではない相手を思い出し、春則は頭を抱えそうになりつつも、
「ちょ・・・っちょっと待て! ナルミ! お前・・・っシノブはお前の子供か?!」
「そうよ」
決死の勢いで聞いたというのに、ナルミはそれがどうした、とあっさりと返す。
腕にしっかりと抱きかかえるその様は、確かに母親のものだ。
けれど収まらない、と春則は眉根を寄せて、
「待てよ・・・おい、待て! 俺お前とやったことないだろ?!」
友人としての付き合いは長く、かなり慣れ親しんでいる間柄だったけれど、春則はこのナルミと一度もそういうことをしたことがない。
気が向けばその場の勢いで友人とでも寝ることがあった春則でも、どうしてもそんな雰囲気にならない相手もいる。
その相手にナルミも入っていた。
意気込んだ春則に、ナルミは何をそんなに必死になっているのか、と少々呆れているのを隠しもせず、
「ないけど? やめてよ、春則となんて」
考えられない、と笑う相手に、春則は床にのめり込みそうになる身体を堪え、
「だ・・・・っだったらどうして! 俺のとこにあんな手紙だけでシノブを置き去りにするんだ?!」
お蔭でこの数日の苦労と心労は半端なものではない、と春則はそれを全て怒りに変えて相手にぶつける。
けれどナルミは慣れているのか、それを平然と受け流して、
「ああ、ちょっとあの時急いでたのよね。飛行機の時間に間に合わなくなりそうで・・・」
「・・・・そういう問題じゃ、ないだろ・・・」
「じゃあどういう問題?」
「お前・・・・あんな、あんな手紙置いて、どうなるか考えなかったのか?!」
「あんな手紙って・・・・やだ、まさか春則、自分の子供だと思ったの?! って、どこでそんなヘマしたの〜」
それを楽しそうに笑うナルミに、春則は深く溜息を吐いた。
言うことはやはりそれなのか、と落ち込みそうになる。
「じゃああの、責任ってどういう意味だ・・・!」
低く唸った春則に、ナルミはなんでもないように、
「あら、悩んでたときに、春則が言ったのよ。困ったことがあったら力になるって。それを信じて私、この子産んだんだから」
「・・・・・・」
春則はその会話をどこでした、と記憶を探り、たしかに一年ほど前にナルミにそんなことを言った、と思い出す。
しかし、
「お前・・・っあの時子供産むとかそんなんじゃなかっただろ?! 惚れた男を捕まえるかどうかって・・・!」
「そうよ。捕まえるために、あの人の子供を産んだんだもの」
産んでから、海外に居た相手を捕まえるべくこの連休に行って来た、とさらりと告げた。
「どうしても連れて行けないから、責任とってその間春則に面倒見てもらったんじゃない」
春則は床に座り込んで、怒ればいいのか悲しめばいいのか喜べばいいのか解からない感情をただ持て余して、深く溜息を吐いた。


to be continued...



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