それが日常だと知れる日々 8
繕が面倒くさい、と言って離れてしまえば、もうそこまでだ。 この感情が、それで収まり終わりを告げるのだろうか、と春則は目の前から伝わる体温にただ不安を覚えるだけだった。 「春則」 額を繕の肩に乗せたままで、動かなかったのを肩を押されるようにして呼ばれ顔を上げる。 上げた瞬間に顔が近づいてくるのが見えて、反射的に目を伏せた。 「・・・・ん、」 指に煙草を挟んだままの手が、春則の頬に触れる。 煙草の匂いのするキスは、久しぶりだ、と春則はただ受け入れて感じた。 舌を深く絡めて、唾液を混ぜる。 巧い、といつものように思いながら、ゆっくりと唇を離し春則はもう一度その肩に顔を埋める。 「・・・春則」 「・・・・なに」 「俺は父親にはなれないが」 「・・・・・うん?」 「お前が望むなら、それでも良いと思う」 「・・・・繕?」 「お前が願うなら、このまま――」 「繕、」 低く囁く声は、回り続ける換気扇より小さなものだったのに、確かに春則に届いた。 顔が赤い、と春則は自覚して、顔を上げられなかった。 そのまま顔を伏せているのを良いことに、 「・・・・頼むから」 祈りを込めて、呟いた。 側に居て、と言えない。 けれど、確実に通じたはずだ。 繕の手が背中にまわり、ふ、と笑った声が聞こえた。 春則はそれで充分だ、と思うと目が熱くなるのを感じる。 思っていたより、緊張していたのかもしれない、と雫が浮かんでもそのまま繕のシャツに押し付けよう、としていると背中にある手が動いた。 「・・・・繕」 「なんだ」 「・・・・なにやってんだ」 「別に」 「別に、って態度か!」 春則の背にあった手は確かに熱を含み下降して、パンツの上を探る。 「お前、この状況で・・・」 「結局、しなかったな」 シノブが来る直前まで、確かに欲情していたことを春則も思い出す。 しかしそれからはあまりに日常と離れた現実で、そんなことを考える暇もなかったのだ。 「そんな雰囲気じゃなかっただろ」 「確かにな。それでこのまま、しないつもりか」 「・・・・いや、でも、そういう気分じゃ・・・」 「気分にさせてやれば良いのか?」 「そういうんじゃ、なくて・・・おい、足を・・・」 言葉を交わしながら、重なる身体を引き寄せて内股に足を潜り込ませる。 戸惑いながらも、春則はその身体を強く引き離すことが出来ない。 「溜まってないのか」 「・・・し、シノブがいたら、そんな気分には・・・・・」 「・・・・・・」 足を擦り寄せられて、春則は目を細めたけれど、交わした言葉を考えて続きを失くす。 繕もそのまま声を収め、沈黙が落ちた。 そのまま身体も動かない。 暫くして、それを窺うように、 「・・・なぁ? なんか、今の会話ってさ・・・・」 「言うな」 「でもさ、これって、」 「言うな、と聞こえないのか?」 同じように生きてきた二人には、思考も通じるところがあった。 感情もあっさりとトレース出来る。 春則の言葉を遮る繕も、同じなのだ、と解かると春則は身体を揺らし笑いが込み上げてくるのを抑えられない。 「・・・っ、ふ、夫婦、みた・・・っ」 「口を塞いで欲しいのか?」 低い声で言葉を遮られながら、そのまま顎を取られても春則は抵抗しない。 もう一度唇を重ねようとした瞬間、その空気を固めるように部屋に来客のチャイムが響いた。 |
to be continued...