それが日常だと知れる日々 10




台風一過だ、と春則は深く息を吐き出した。
捕まえたばかりの相手が待っているから、とナルミは早々に春則の部屋を後にした。
その腕にはしっかりとシノブを抱いて、だった。
シノブがこの部屋に居たのは結局三日間だけだ。
思えばたいした時間ではない。
けれどいきなり現れていきなり消えたその存在に、春則は遣り切れない、と肩を落としてソファに座り込む。
無言だった部屋で、春則は視界の隅に繕を捕らえた。
「・・・何してんだよ?」
「片付けている」
答えた繕はその通り、ナルミが置いて行った、それまでシノブに使っていた子供の服や器具などを集めている。
それらは全て冬姫が持ってきてくれたものだ。
元々に入っていたショルダーバックに収めてしまうと、繕はそれを玄関に近い廊下へ置いた。
「繕?」
「見たくないんだろう」
言われて、春則は自覚もなかった自分の感情に気付く。
もういないのだ、と思えば必要のないものを見るだけで春則は辛くなってしまう。
それだけ、すでに情が移っていた。
自分が弱いな、と感じながら、察しの良い繕に困惑してしまう。
「繕・・・・悪い」
「何がだ?」
「あんな――」
頼みを言った。
そしてそれを、受け入れて貰った。
確かにそれはあって、春則は嬉しさの中に居たはずだった。
けれど今はもうない。
空虚に似た感情があるだけで、さらに気持ちが高ぶっていただけにこの状況が居た堪れない。
ソファに座り顔を俯かせると、
「別に変わらないだろう」
繕はその通り口調も変えず口にした。
「・・・なに?」
「あの子供がイレギュラーなだけで、ないなら別にこれまでと変わりはないだろう」
あっさりと告げる繕に春則は顔を上げて目を瞬かせた。
そこに立つ男は、全くいつもと変わらなかった。
「辛いか」
言われて、春則はもういい、と目を伏せて、
「・・・本当に、俺の子供だと思ったんだ」
「可愛いからか?」
「・・・・・それもあるけど」
正直に春則が頷くと、微かに笑う音が聞こえた。
そしてそこで煙草に火を点ける音が聞こえる。
その匂いが漂ってきて、それまで子供の匂いで埋まっていたリビングが染まっていくのを感じた。
それが胸が痛い、と春則は思うのに、
「忘れなければいい」
繕は紫煙を吐きながらなんでもないように続けた。
「もう二度と会えないなんて、悲観することもないだろう。お前の友達の子供なら、いつでも会いに行けばいい。自分の子供のつもりで、構いに行けばいい」
「でも、本当の父親が」
「そうするお前を、誰も咎めやしないさ」
「・・・・・繕」
「だから、辛くなることなんかないだろう」
確かにナルミの行動を考えれば、春則に非はない。
冷静に考えれば、繕の言うことも頷ける。
春則は咥え煙草のままの相手を見上げて、自然と顔が緩んだ。
「・・・なんだ?」
「・・・いや、お前って・・・俺より俺のこと、解かってるな、と思って」
誉めたつもりだったのに、繕は何よりも嫌そうに顔を歪めて見せた。
「お前が解りやすいだけじゃないのか」
繕は灰皿に煙草を押し付けて、ソファに座る春則の肩に手をかける。
「繕?」
「続きだ」
「え・・・・っちょ、ま、」
何の続きなのかは聞かなくても解かる。
慌てて見せても圧し掛かる繕が止めるつもりがないのは伝わってきて、
「待てって、ちょ、ここじゃ・・・ベッドに、」
ベッドはリビングのすぐ隣だ。
その間も大きなロールカーテンで仕切っているだけだ。
けれど繕は起き上がろうとする春則をそのまま押さえ込み、
「駄目だ。ここで、するんだ」
「な・・・なんで、そんな・・・」
さっさとシャツの下に手を潜り込ませて、首筋を吸い上げてくる繕に春則は抵抗しようかどうしようか、と迷いを見せる。
「思い出すのはコレにしろ」
「・・・・え?」
「ソファを見て、思い出すのは、」
セックスだけにしておけばいい。
そう囁くのに春則は目の奥が熱くなるのを感じた。
さっきまで小さな存在が眠っていたソファは、甘い香りがした。
それを掻き消すように身体を重ねる繕に、春則はどこまで知られているんだろう、と弱い自分に顔を染めた。


to be continued...



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