それが日常だと知れる日々 5
部屋にまた沈黙が落ちた。 冬姫がこの部屋に居たのは実質1時間ほどで、言いたいことだけを告げるとさっさと帰ってしまったのだ。 残されたのは春則と繕、そしてまたバスケットに収まり安らかに眠るシノブだ。 「誰の子供か、解からないの?」 春則がもう隠していても仕方がない、といきなりで混乱している自分も含めて説明すると、冬姫は少し目を瞠った。 「こんなところに置いて行くなんて、酷いママねぇ。でも、責任を取って、と言っているのだもの、ちゃんと取らなきゃね〜」 言いながらニコヤカに笑う姉を春則は目を伏せて見れなかった。 正直なところ、いつどこで誰と、と言うことが全く思い出せないでいるのだ。 同じ空間に居る繕が一言も話さないのも、春則には不安と焦燥が募るばかりだった。 さらにその腕の中で安心したシノブが完全に眠ってしまうと、 「じゃあ、私帰るから」 立ち尽くしていた繕にそのまま抱き渡した。 「・・・え?!」 渡された繕も、いきなり言われた春則も驚いたが、冬姫はあっさりと、 「だって私も自分の子供と旦那さまの相手があるもの〜大丈夫、必要なものはね、持ってきてあげたのよ、あげるから感謝して」 いやに大きな鞄を、そう言って広げて見せた。 中にあったのは子供の面倒を見るにあたって必要なものだらけで、ミルク缶や洗浄液、オムツの替えやお尻拭き、果ては着替えまで用意してくれていた。 しかしそれらを渡されても春則には困惑するだけだ。 「だって、春くんが預けられたんでしょう?」 弟に甘い家族とはいえ、自分の責任は自分で取る、と言うのが赤岩家の家訓だ、と冬姫は笑った。 「解からないことがあったら、連絡くれればいいから、じゃぁね」 冬姫は繕に抱かれたまま眠るシノブの頬に少し触れて、硬直したように動けない春則と繕に笑いかけ本当に出て行ってしまったのだ。 「・・・・・・」 繕は初めてそんな小さなものを抱いた、と渡されたときのまま、指先ひとつ動かせないでいた。 その格好を見た春則はこんな状況ながら口端が上がってしまいそうになる。 繕はそれを目敏く見つけ、 「春則、」 取ってくれ、と鋭く視線を向ける。 それに春則はますます顔が緩んでしまう。 「繕が動揺してるのなんて、滅多に見れないな」 「・・・子供は苦手なんだ、早く」 言葉の通じないものは苦手だ、と繕は顔を顰める。 「大人しく寝てるじゃん?」 「いつ泣き出すか解からないだろ」 「寝顔はちょっと、可愛くねぇ?」 「可愛くない」 「自分の子供だったら、どうする?」 「居ないから考えられない」 「俺の子供でも?」 「――――――」 繕の腕の中を覗き込んでいた春則は、ゆっくりと視線を上げた。 ぶつかった視線と絡むけれど、それには何の感情も見出せない。 怒っているのか、困惑しているのか。 春則は先に視線を外して、微かに息を吐き出した。 それから両手に持てるほどの小さな存在を受け取って改めてその顔を覗き込んだ。 本当に、どうしようか。 自分に関係ないと言って、手放すことはすでに出来やしない。 春則はそれだけは自覚があった。 |
to be continued...