それが日常だと知れる日々 3




春則は緊張した。
自分の部屋だと言うのに、緊張して身体を強張らせていた。
リビングに戻り、ソファを前に春則は繕と向かい合う。
それはさっきまでとは変わらないのに、違うのはこの部屋にもう二人きりではない、ということだ。
二人の目の前にあるソファの上に、はっきりと異質な存在が居た。
バスケットに入ったままの、小さな子供だ。
バスケットが大きいのか子供が小さいのか、その隅にほ乳瓶と粉ミルク、紙おむつが数枚収まっている。
そのいきなりの存在を見て、驚きで黙っている訳ではない。
お互いに言葉がないのは、何も知らないまま安らかに眠り続ける子供の上に、手紙と言うには短すぎる言葉が書かれた紙があったからだ。



「春則へ この子はシノブ。今三ヶ月です。責任を取って面倒を見て」



それまでこの部屋に漂っていた淫靡な雰囲気も視線も、全て凍らせる一言だった。
繕は暫く春則の隣に立ちその小さな存在を見下ろしていたけれど、ふいに身体を背けてキッチンの奥へ入った。
「・・・繕?」
戸惑いを隠せずそれを追うと、換気扇を回してコンロの前で繕が煙草に火を点けていた。
後を追ってそれを見たものの、春則に次の言葉が繋げない。
さっきから頭に回っているのは、「やばい、どうしよう、」と慌てて纏まらない言葉だけだ。
それをどう取ったのか、繕は深く煙を吐き出し、
「三ヶ月前――に子供が生まれても、仕込んだのはそこから十ヶ月は前だな」
「・・・・・・ッ」
「一年一ヶ月・・・約一年前か、俺が居ない間に、よくもそこまで遊んでいたものだな」
「ちが・・・っ」
「そんなヘマはしない、したことがない、と昔聞いたことがあったが、どこでやらかしたんだ?」
「ち、違う、って・・・! いや、俺、俺じゃ・・・」
俺じゃない、と言いたいけれどこの身体が完全に綺麗なんです、とは春則には言い切れなかった。
繕が転勤で仙台に向かっていた二年間、綺麗な身体で待っていると繕も期待していたわけではない。
繕自身もそこそこに欲望は溜まるし、春則が居なければ処理として済ませたこともある。
春則は己の記憶を探り、過去の相手を思い出した。
けれど、一年前の相手など覚えているはずがないのだ。
繕と付き合い始めて、他の誰かに本気になったことはない。
いつまでも覚えているほど深く付き合った相手もいない。
巧い言い訳を考えて、しかし何も浮かびはしない。
現実が目の前にある以上、春則に何も言えるはずもないのだ。
広くはないキッチンスペースで、沈黙がまた落ちた。
それを遮ったのは小さな泣き声だ。
それは存在を主張するように徐々に大きくなり、その声に大人である二人は動揺した。
いつも冷静な繕の目が、揺れるのを見ながら春則もはっきりとうろたえたのだ。
春則は困惑に顔を歪めながら、自分の携帯を手に掴んだ。


to be continued...



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