それが日常だと知れる日々 2
帰ってきてすぐに日常に戻った繕は、忙しさが増したようだった。 かといって、春則も暇なわけではない。 締め切りが立て込んで都合が良いように、また逢えない時間が流れた。 季節が春から新緑に移った日、繕が春則の家を訪れた。 大型連休が、始まったのだ。 その休みを確保するため、言葉にすることはなかったがお互いに仕事を遣り遂げたようなものだった。 繕の手土産は今も変わらず、デパチカで揃えた惣菜につまみ、それから縦長の袋に入ったボトルだ。 「ワイン? 旨いのか?」 「たぶんな。試飲はしていない」 「たぶんって何だよ・・・」 言いつつも、春則は繕の持ってくるもので不味かったものはないな、と思い出す。 下調べをしているのか、それとも勘が良いだけか。 無粋だな、と春則はそれ以上訊くことはなく、旨いものをさっそく開ける。 友人達がよく飲み会に使うリビングは今も変わりはなく、春則は低いテーブルに全てを広げた。 新しいワインを開けて、惣菜をパックのままから突付いて毒の絡んだ会話を繰り返す。 春則は、それが心地良い、と当たり前になる日常に喜んでいた。 無音は嫌だ、と付けていたテレビから、連休中の行楽地が紹介されていて、 「・・・温泉でも行きたかったなー」 春則は視線を画面に向けつつポツリと漏らす。 繕はグラスにあったワインを飲み干して、 「仕事がギリギリまで終わらなかったのは、誰だ? そのお蔭で予定が立てられなかったのは、誰のせいだ?」 「う・・・っ」 実は春則の仕事が終わったのは繕の来る数時間前だ。 急いで仕事を請け負った会社に送り、繕に終わった、と連絡を入れて慌てて汚れきっていた身体を整えた。 そして手土産を持ってきた繕を出迎えたのだが、 「・・・悪かったよ」 「今からじゃどこも取れないだろう」 「悪かったって!」 完全に自分が悪い、と思うから春則は嫌味のそれを甘んじて受け入れた。 「まぁ、連休なんてどこも人ゴミで暑苦しいからな。寧ろ都心が一番空いている」 「・・・・そうだけど、どっか行く?」 「行きたいところがあるのか?」 「・・・・別に」 春則は少し考えてみたけれど、どうしても行ってみたい場所があるわけではない。 疲れを取る休日にするなら、家で寝ているのが一番なのだ。 それから向かいで新しくグラスにワインを注ぐ相手を見て、 「まぁ、欲しいものは揃ってるし」 「なに?」 「腹減ってたけど満たされてるし、欲しいものはまた今度でも買えるし、あとは――」 性欲、と春則は躊躇いなく口にした。 ワインを飲んだその唇を舐めて、仕事で疲れている身体がいつもより興奮してそれを求めていると教える。 繕はその視線を受け止めて、しかし動揺するでもなく、 「今すぐか? これを食う間も待てないのか?」 そう問いつつも、テーブルの下から反対に足を伸ばした。 春則の足に、繕のそれが絡む。 間に擦りより、違うものを押し付けるように煽る。 春則は程よく満たされた食欲から、欲求が変化するのを感じた。 「それは――」 待てない、と告げるつもりだった。 けれどそれを遮るように、リビングに来客のチャイムが鳴り響いた。 お互いに顔を合わせて、春則はこの時間に誰だ、と足を向けそうな友人を思い浮かべる。 せっかくの時間を邪魔された、と思いつつ玄関に向かった。 「誰?」 問いつつ、ドアを開けた。 しかし、返事はなかった。 「・・・・?」 確かに誰かが訪れたと思ったのに、と春則はドアの外を見渡し、そして固まった。 視線は、自分と同じ目線ではなく、床だった。 「春則? どうした」 玄関からは物音もなく、声も聞こえないのを気にしたのか繕が背後から声をかける。 無言で立ち尽くしてしまっていた身体を少し避けて、繕にも外を見せた。 そこにあったものに、お互いに声を無くし、ただ見つめてしまった。 それは、バスケットの小さな籠に入る――子供だったのだ。 |
to be continued...