吐露





繕はいつものように、終わったらシャワーを浴びて、再びスーツを身に付ける。
振り返ると、今にも眠りそうな春則が、自分をじっと見ている。
その端に座って、柔らかな髪に手を入れる。
「・・・おやすみ」
言うと、春則はそのまま目を閉じた。
いつも、仕事明けのせいで春則はそのまま独りで泊まることになる。
明日が休みだからだろう。
自分には仕事がある。同じシャツで会社には行けない。
繕はドアを閉めて、ロビーまで降りた。
夜中を過ぎたそこは、ライトも暗く、さすがに閑散としている。
そのソファにどっかりと座り込み、煙草に火を付ける。
そこで、気持ちを落ち着けてから、帰る。それが癖になってしまった。
出来るなら、一緒にそのまま眠ってしまいたかった。
いつも誘われるような、気持ちの良さそうな寝顔を見せられて、繕は理性と戦う。
もう一度、落ち着けたのを確認してから、ホテルを出る。
心がざわめく。
どう見ても遊んでいるあの春則に、心が動かされる。
つい、電話をしてしまう。
それに、断られないから、また続いてしまう。
繕が抱かない日は、他の誰かを抱いているだろうその身体を、怨めしく思うほど、それでも引き寄せられる。
自覚したくないが、繕は春則に興味があった。
ただの興味ではなく、関心を持って、探究心が強い。
何もかもが、知りたくなった。
でも、そんな関係ではない。
お互いに、割り切ったはずだった。



その後、平日に連絡しても、「仕事中」の一言で切られてしまった。
繕は理性が強いと自分で思っていた。
だから、耐えた。
向こうからの、「終わった」という連絡を、ただ待つだけだった。
それから暫くして、やっと連絡があったのは、金曜の夜だ。
会社で受け取ったものの、すでに予定があった。
だけれど、途中で抜けると決めた。
待ち合わせの時間を確認して、電話を切る。
部署内で開かれた飲み会に挨拶程度に顔を見せ、少し引き止められながらも、繕は店を出た。
早足になるのを、押えられない。
時間に少し、送れそうだったのだ。
だが、夜道に春則の後姿を見つけた。
それで心が揺れた。煙草に火をつけて、落ち着かせる。
それから、春則に近づいて手を引いた。
「・・・あんたも、これから?」
驚きが、安堵に変わった表情を見て、繕は自分の感情が喜んだことに気づく。
それから、春則の表情がまた、変わった。
繕に付いた女の香水に、顔を顰めた。
人目を気にしない路地で、詰られた。
飲み会の、あのときに付いたのだろう。繕は気にしなかった。
が、春則の表情のほうが気になった。
今までで、初めて見せる、歪んだ表情だった。
その真意を知る前に、春則はまた、いつもの賺した顔に戻る。
「嫌か?シャワーを浴びれば良い」
言いながら、身体にまで匂いがあるわけではない、と告げようかどうしようか迷ったが、
「・・・別に、初めてってワケでもないだろ」
お互いに、女の匂いをさせて抱き合ったことはあった。
春則の、言うとおりだった。
「そうだな」
春則からは、春則の匂いしかしない。
そして、そのままホテルで、抱くことも拒まなかった。
仕事の疲れを発散させるようなこのセックスに、春則は満足したのか、またそのままベッドに倒れた。
明日は休みだ。
このまま、繕が隣に眠れば、春則はどうゆう反応をするだろう。
知りたくもあったが、押し留まったのは、心に恐怖が湧いたからだ。
この年になって、こんな思いをするとは思わなかった、と自嘲した。
スーツを再び着て、せめて、髪に手を絡ませる。
自分のしたいようにしてきた。
今更、それを改めることなどできない。
なのに、素直にその隣に眠れない。
すっかり失くしたと思っていた、青臭い感情。
舌打ちをしたい気分で、また、ロビーで気持ちを落ち着ける。
臆病なんて、似合わない。
力ずくで、自分のものにすればいい。
だけれど、出来ないことは解っていた。
今までの相手とは違う。
春則は、男であり、社会人である。
独りで、生きていける人間なのだ。
強制してみたところで、捕まえれておけるはずがない。
すぐに、逃げて違う相手を見つけるだろう。
繕は納まらない渦巻く感情を、胸の奥に閉じ込めて、煙草をもみ消しホテルを出た。



どうにもならないことなんか、解りきっている。


to be continued...



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