香水





繕が連絡をするときは、ほとんどが決まって平日だった。
週の半ばは、春則は仕事明けが多い。
ホテルで身体を重ねて、繕は明日のために服を着る。
疲れきった身体をベッドに沈めたままなのは、春則だけだ。
部屋に誰かがいることで、完全に眠りには落ちない。
しかし、瞼は重く、起きているのか寝ているのか半分半分だった。
その虚ろな目で、繕を見送る。
シーツに包まった春則の髪に、身支度を整えた繕の手が絡む。
「おやすみ」
呟くのは、それだけ。
その後は何もなかったように背を向けて部屋を出る。
春則は、そのドアの閉まる音を聞いて、いつも眠りに落ちた。
その仕草に、何を思ったかよく解らない。
いつもの行動だ。
いつも、といえるくらい、繰り返された行動だった。
しかし、春則は心の棘を感じた。
髪に触れた手に喜びと安堵を感じ、部屋を出て行く背に言い様のない寂しさに襲われた。
その感情を、理性で否定した。
そんなこと、あるはずがない。
あってはならない。
ちょっと、深入りしすぎただけだ。
次にまた、新しい何かが見つかれば、これも忘れ去る過去に変わる。
春則は思い込んで、完全に眠りに落ちた。



しばらく、春則は仕事に追われた。
大きなものが入り、仕事場兼自宅にこもりっきりだったのだ。
金曜の夜になって、やっと完成した。
家から出ることはなかったので、いつも整っている格好が嘘のようだ。
まるで引きこもりの動物のような自分を見て、頭を掻きながらとりあえずシャワーを浴びることから始めた。
身支度を整えて、取引先に連絡した。
これから、持って行く、と伝えて家を出る。
実を言うと少し眠りたい気分だったが、それよりも仕事が終わったことで高揚してしまっている。
これを収めるには、誰かと寝ればいい。
誰かにするのは疲れる。出来るなら、してもらって発散させたい。
春則は駅に向かいながら、携帯の電話帳を開いた。
こうゆう時のための、男だ。
まだ仕事中だった繕を、時間を合わせて捕まえた。
仕事を渡し終えて、少し次の打ち合わせもしたものだから、繕と待ち合わせた時間に遅れそうだった。
舌打ちをしながら、いつものホテルに向かう。
その途中で、いきなり腕を取られた。
振り返ると、そこに煙草を銜えた繕が立っていた。
「・・・なんだ、あんたもこれから?」
「まぁな・・・ちょっと、用事があった」
春則は繕から流れてくる煙草の煙と、それと一緒に香る匂いに気づいた。
「・・・・?」
繕はフレグランスをつけない。それは、すでに知っていた。
確かめたくて、少し肩に鼻先を寄せる。
「なんだ?」
繕に問われながらも、春則は愕然とした気持ちを抑えられなかった。
「・・・・」
女の香水の匂いがする。
春則は目の前の路地に、繕を引っ張った。
人目を逃れてから、もう一度確認する。
繕が女を抱くのは当然だ。春則だって、抱いているのだ。その現場を、見た事だってある。
なのに、押えようのない感情が湧き上がる。
「・・・あんた、デリカシーもなんもないよな」
「・・・何?」
「あんたの趣味にどうこう言う気はないけど、せめて匂い消すくらいの気遣い、したっていいんじゃないのか」
シャワーくらい、浴びて来い、と続けた。
繕は自分の身体に鼻を近づけて、確認する。
「ああ・・・気づかなかった」
ようやく、他人の匂いに気づいた繕はそれがなんだと言うように顔を変えない。
「嫌か?シャワーを浴びれば良い」
「・・・別に、初めてってワケでもないだろ」
「そうだな」
繕の言うとおり、お互いに女の匂いをさせて抱き合ったことがある。
そのときは、その中で相手の香りを探そうと、それが楽しかった。
シャワーを浴びた繕に抱かれて、週末だけれど、ベッドに転がったままの春則を残してまた服を着る。
春則はそれを見ながら、自分を罵った。
これ以上にないほど、心の中で叫んだ。
冗談じゃない。
なんで気づいたんだ。
最悪のジョークだ。
春則は、繕に違う感情を持った。
遊びに慣れているせいで、その感情をこれから持て余すことになるのは解りきっていたのに。
いつか過去に、されるのに。
それでも、自分ではもう、どうしようもない。
否定も出来ない正直な自分。
春則は、繕に惚れたことを、すでに後悔していた。


to be continued...



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