街角





名刺を渡されたはいいけれど、春則はそれに連絡しようと思っていなかった。
また、次の仕事が入って来たのもあるし、会ったところで、何があるわけではない。
お互い、暇なときにそれを潰すのみで、会うべきだ。
新しいセックスフレンドが出来た。それくらいでいい。
新しい仕事を終えて、春則は久しぶりに外に出た。
そのときに、声を掛けられた女と息が合い、そのまま移動する。
夜のネオンが煌く街で女の腰に手を回し、いつものように甘い声を耳に囁く。
これも、前戯のようなものだ。
大抵の女は、これですでに落ちる。春則はそのまま、ホテルに入ろうとした。
その瞬間、連れていた女が不振に思うほど、驚愕して足を止めた。
その入ろうとしていたホテルから、出て来た二人に目が行った。
いや、正確には、その男のほうだ。
繕だった。
変わらないスーツを着込み、煙草を吹かしながら、変わらない顔で、女と出て来た。
確実に、春則と視線が合った。
しかし、繕は全く無視をした。
春則がわからなかったはずはない。
その口元が、わずかに緩んだのを、春則は見た。
思わず、春則も笑った。
連れていた女が不思議そうに見たけれど、そのまま何でもないように、ホテルに入ったのだ。
いつもより、熱くなった。
このホテルで、繕が誰かを抱いた。
そう思うだけで、春則はいつもより熱くなった自分に気づいた。
一緒に居た女は、春則を気に入ったようで、連絡先をしつこく聞いてきたが、春則はすでにその女には興味はない。
いつもの軽口で受け流して、その日のうちに、別れた。
ホテルから出ると、まるでどこかから見ていたかのようなタイミングで携帯が鳴った。
「・・・はい」
番号だけ見て、春則は答えた。
繕の番号は、メモリしていない。
それなのに、その番号が、解った。
「・・・どっかで見てたのか?」
口元が、緩んでいた。
その笑いを含んだまま、訊いた。
「終わったのか?」
愛想もない声が、返ってくる。
「まぁね・・・そっちは、早かったんだね」
「どこにいる?」
春則の言葉に一切答えない繕に、面白くなって、また笑う。
「・・・だから、出たとこ、だよ」
「駅前、タワーホテル、805」
「・・・俺、今終わったばっかなんだけど?」
「そこにいる」
春則の答えを聞かず、そのまま繕は通話を切った。
顔が緩む。
気分が高揚していた。
こんな気持ちは、初めてだ。
疲れていたはずなのに、春則はそのまま、足を駅前に向けた。



そのホテルはロビーが二階にあって、誰も気にすることなく部屋まで上がれた。
ドアをノックすると、暫くして内側に引かれた。
あの、ホテルを出たときから少しも崩れていない繕が、そこに居た。
それだけが、春則には面白くて、笑ってしまった。
ドアを閉めて、すぐにまた唇を重ねた。
深く重なるその途中で、春則から笑みが零れる。
「・・・なんだ?」
「・・・女クサイ」
「お互い様だろ」
「・・・だね」
その匂いを嗅ぎながら、お互いに相手の匂いを思い出そうとした。
春則は香水を使っていたけれど、繕からは、人工の匂いはしなかった。
「ネクタイ、解くのってさ、すげぇ・・・そそるね」
春則はベッドに座った繕の上に跨って、その首元に手を伸ばす。
「そうか?・・・お前も、してみろよ」
「それって、解いてくれんの?」
「解いてみたい」
はっきりとした言葉に、春則は笑って、
「今度。そのときはちゃんとスーツ着てやるよ」
ネクタイを抜き取り、その下のシャツに手をかける。
釦を外し、その肌に口付ける。
その春則の腰に繕は手を伸ばし、Tシャツの中に忍び込ませる。
背中からゆっくりなぞりあげて、春則の身体がはっきりと反応したところで、今度は下に向かう。
熱く吐息を吐いた春則が、繕の首に腕を回し、その耳に囁く。
「・・・な、早く・・・」
「さっき、終わったとこだろ」
「・・・・お前も、だろ」
繕は言い返されながらも、性急に春則を求めた。
女を抱きながら、欲しかったものがある。
目の前にしながら、躊躇う年でもない。
欲しいものは、手に入れる。
それが、なんであろうと、だ。
一生欲しいわけじゃない。
今、この瞬間が、欲しいだけだ。
このときの想いは、春則も繕も同じはずだった。


to be continued...



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