ホテル





「まさか、連絡来るとは思わなかったな」
春則は言いながら、カウンタに座った。
隣に、すでに繕が座っている。
その手に、琥珀色のロックグラスがあるのを見ながら、春則は
「ソルティドック」
と、バーテンに告げた。
「暇なときに連絡しろと言っただろ」
「言ったけど・・・」
「来るお前も暇なんだろう」
「その通り。知ってると思うけど、振られたばっかりでね」
素早く作られたカクテルに、春則はすぐに口を付け、ちらりと繕を見た。
「仕事帰り?」
「ああ、お前は・・・休みか?」
木曜の夜である。
繕の服装は、変わらないスーツ姿だった。
しかし、春則はラフなシャツにジーンズだ。
首元と腕に光るアクセサリがいやみでなく似合っていた。
ホストと言っても、通るかもしれない。
「いいや、仕事明け」
「ふうん」
繕は聞いておきながら、全く興味がないように頷いただけだ。
「仕事、聞かないの?」
「聞いて欲しいのか?」
訊き返されて、春則は笑った。
「いいや」
お互い、何をしてるのか、知ってどうにかなるわけでもない。
暇なときに、時間を合わせて会う。
それだけで、十分だ。他にはなにも必要もない。
春則がグラスを持ったままの繕の手に触れた。
「・・・・なぁ」
それが、合図だった。



待ち合わせていたバーを出て、ホテルに向かった。
普通のホテルだ。
チェックしたのは春則で、キーを受け取ってから部屋に上がった。
シングルの狭い部屋に入ったとたん、どちらからでもなく、キスをした。
繕は腕を春則の腰に回し、春則はその手で繕の顔を包んだ。
唇が離れて、すぐに春則は笑う。
「・・・なんだ?」
「いや・・・巧いね」
「お互いさまだろ」
言われて、また春則は笑う。
ベッドに上がりながら、春則はジャケットを脱いでいた繕を振り返る。
「なぁ・・・どっちする?タチ?ネコ?」
「お前は?」
「俺はどっちもしたことあるけど」
「俺はタチしかしたことない」
するつもりはない、と聴こえた。
春則はそのへんはどうでも良かったので、覆いかぶさってくる繕をそのまま受け止めた。



お互い、まだ名前も言い合ってない。
ただ、時間が合ったから、会って抱き合った。
それになんの感情もない。
あるのは、好奇心だけだ。
面白ければ、その時間が潰れれば。それだけで良かった。
あとは、身体が合うかどうかだ。
お互いにベッドに倒れこんだとき、春則は睡魔に襲われた。
そのまま、寝てしまうのはどうかと思ったが、瞼が上がらない。
どうしようか考えていると、シャワーを浴びている音が聞こえた。
それから、シャワールームのドアが開く。
思ったより、引き締まった身体だった。
春則はその身体を見て、少し笑った。
眠気があったので、力のない笑みだったが、繕は気づいた。
「なんだ?」
「・・・いや、悪いな、と思って」
「なに?」
「肩・・・痛いだろ」
久しぶりに男を受け入れた春則は、その瞬間、思わず繕の肩を掴み、爪を立ててしまった。
男の力で掴んだのだ。かなりの痕になっている。
繕は自分の肩を見て、
「いや、別に痛くなかった」
シャワーを浴びても、沁みなかったのだろう。
「そうか・・・残念」
「おい・・・寝るのか?」
ベッドの端が軋んで、繕が足を掛けたのが見える。
しかし、春則は半分寝ていた。
「うん・・・仕事明けって言ったろ・・・寝てないんだよ」
「そうか・・・悪かったな」
何に対して誤ったのか、春則はもう訊けなかった。
瞼が落ちてしまった。
どこかで、このまま眠ってしまったら後悔すると思ったが、睡魔には勝てなかった。
名前も訊いてない、と春則は思った。
しかし、もう、これきりの相手かもしれない。
なら、訊かなくてもいい。
でも、聞いておきたかったな、と夢の中で春則は思って、そのまま意識を完全に離した。



目が覚めたのはチェックアウトギリギリで、ぼさぼさの髪をかきあげながらベッドから降りた。
シャワーを浴びようと立ち上がりかけて、そのサイドテーブルに置かれた物に目が行く。
名詞と、その下にお札があった。
丁度、このホテルの半分の代金だ。
その名詞に、名前と会社、連絡先まであった。
「むらせ、ぜん」
春則は名前をなぞって、どこか嬉しそうな自分に気付いた。
それは、新しい暇つぶしが出来たことによる、喜びだと思った。
そう、思いたかった。


to be continued...



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