シャンパン





頭から、シャンパンを被ったのは、さすがに初めてだった。
赤岩春則は甘いシャンパンを舐めて、甘い、と思った。
「最低」
この状況に、一番合うセリフだ。
ショートカットに、グレイのスーツ。それが良く似合う女だった。
その台詞も、良く似合う。
言放って、大人しくシャンパンを受けた春則に背を向けた。
レストラン中の視線も、きっと入っていないのだろう。
春則はその後姿を見送って、漸く濡れた髪を掻き上げた。
ウエイトレスが、戸惑いながらお絞りをくれた。
「あの・・・大丈夫ですか?」
春則は自慢の笑顔で、笑って受け取った。
「有難う」
ウエイトレスの頬が、染まる。
こんなことを繰り返しているから、またシャンパンを浴びる破目になるのだ。
そう思っても、身に着いてしまっているのだ。
それから、隣の男が視線に入る。
思わず、目が合った。
「・・・かかりましたか?」
相手は、ただ首を横に振った。
きっちりとネクタイを締めたスーツに、英字の新聞。
おおよそ、自分とは縁の無い人種だ、と春則は感じた。
「いや、断るなら、もっとうまく断ればいいと思っただけだ」
答えが返って来るとは思わなかったので、春則は相手に興味を引かれた。
「正直なんですよ、俺」
「建前を覚えるのも、必要だろう」
春則は相手をもう一度、見直した。
新聞を持つ手に、はめられたリング。
「貴方には、縁のないことですかね」
春則の視線に気づいたのか、相手も自分の左手のリングを見る。
「これは、建前だ」
「え?」
「してるだけで、大概の女避けにはなる」
そんな理由で、してることもあると聞いたことはあったけれど、はっきり
と答えられたのは初めてで、春則は好奇心も含めて、隣の席に移った。
「女避け?」
「そうだ」
「じゃぁ・・・男が寄ってきたりしたら?」
少し声を落としたけれど、はっきりと言った。
視線は、相手の目を捉えた。
視線は、何の感情もなく、春則に返ってきた。
「相手による」
春則は興味と好奇心が膨らんで、嬉しくなってきた。
「ペン、持ってる?」
春則のいきなりの質問に、相手は素直に内ポケットからペンを取り出して渡した。
春則は財布の中から自分の名刺を抜き、裏に番号を書いた。
「暇なときに電話して、暇なとき、答えるから」
新聞の下から、それを相手に渡した。
受け取ったのに笑って見せた。
「じゃ、また」
春則はまだ、濡れた格好も気にせず、そのまま席を立った。
それが、きっかけだった。
春則と、その男、村瀬繕の出会いだった。


to be continued...



BACK  ・  INDEX  ・  NEXT