プロローグ





薄暗いホテルの部屋で、まだベッドに倒れこんだままその背中を見ていた。
面倒くさいのか、いつも帰るときはアンダーウェアを着ないでシャツを素肌に羽織る。
その背中に、赤く長い傷。
今日は付けなかった。
前のだろう。俺が付けた、所有物の証。
そんなことをしても、意味がないことくらい解ってるはずなのに。
この狭いホテルの密室の情事だけで、恋愛って言えるのかな。
シャツを着込んでから、煙草を銜える。火を付けてネクタイを締める。
いつもと同じ順番だ。
こんなことも、覚えてしまっても仕方ない。
俺は枕に顔を押し付けた。
ベッドの端が軋んで、俺は片目を開いてそっちを見る。
ジャケットを着込んで、俺の前髪をかきあげた。
そんな、意味のない行動まで、俺の心を掴む。
「また、寝て行くんだろう」
「うん・・・」
お前は帰るんだろう。
そんなこと、訊かなくても解る。
当たり前になりすぎて、一緒に居て欲しいなんて言えない。
朝まで一緒に居てくれたことなんかない。
きっと恋人だとも思われてない。
時間と都合が合えば、こうしてホテルで会うだけ。
済んでしまえば、また別れる。
次の予定も、訊けたことはない。
軽く頬に手を当てて、
「おやすみ」
そう言って、もう振り返らない。
ドアが閉まるまで、俺も動けない。
もう、涙も出せない。
そんな純情になれる歳でもない。
割り切った付き合い。
そうでなきゃ、この関係さえ、無くなってしまう。
終わりにしてしまいたい。
いつかきっと終わる。
なら、傷が浅いほうがいい。
もう、充分に、深く入り込んでしまっているのだけれど。
惚れたほうが負けだ。
負けたくなんか無い。
惚れてなんかいない。
この部屋を出れば、もう俺もこんな感情に引きずられない。
ここに居る間だけだ。
恋愛は、この部屋のなかだけだ。
だから、頼むよ。
もう少し居させて。
お前のこと、想っていさせて。


to be continued...



INDEX  ・  NEXT