動揺
床に座ったまま春則は頭をソファに乗せていた。意識はどこかにあるけれど、瞼が上がらない。 睡魔に勝てそうにない。しかし眠れない。 ぼんやりとした頭で、耳に慣れた声が聞こえた。 「・・・で、ここで呑んでいるんだ?」 「ひとりでいたくなかったんだろう」 「だから、どうしてここなんだ」 「それは春則に訊け。まぁ、その前にお前が言わなければならないことがあるだろうが」 「・・・・」 「余計なお世話だろうが、俺も春則は気に入っているんだ。辛い思いなんかさせたくない」 「お前に言われることじゃない」 「いいや、おかげでせっかくの休日が潰れた。一晩中ケイタを可愛がってやるつもりだったのに」 「・・・・お前、」 どこかで聞こえる会話を春則は理解できなかった。 なんの話をしているのだろう、と夢うつつでぼんやりと聞いていただけだ。 その会話も、ふと切れた。 はっきりと気が付けば、何故か春則は自分の部屋に戻っていた。 「・・・・?」 見慣れた場所に薄く開いた目を顰める。 「いい加減に目を覚ませ。今日は寝させられない」 低い声がして、目の前に水が入ったグラスを差し出された。 見上げれば、冷たい視線を向ける繕が立っていた。 「・・・あれ、なに・・? どう、して、あれ?」 段々と覚醒するものの、状況が理解できない。 春則はさっきまで友人の家にいて呑んでいたはずだ。 「どうしてあの男の部屋にいたんだ」 繕から注がれる視線は変わらず冷たい。 春則はとりあえず差し出されたグラスを受け取りその水を飲み干した。 一気に飲んで、大きく息を吐く。 「ちょ、と待て・・・いったい、なんだ?」 「なんだじゃないだろう、どうして無視する」 「なに・・・」 「携帯に電源も入れず、俺を無視しているだろう」 言われて、春則は何も返せれなかった。その通りだったからだ。 床に座り込んでいた春則は視線をそのまま伏せた。 「それに、指輪も外しているしな」 繕の目ざとく春則の何も付いていない指を見た。 春則は思わずその手を握り締めて、 「それは・・・」 ポケットに入れたままの指輪に意識が行く。 しかし取り出せはしない。 「まったく、お前は・・・相変わらずいきなりで酷い」 溜息を吐くように言われて、春則は心がざわついた。 怒りが込み上げる。 どうしてそれを繕から言われなければならないのか。 春則は視線をきつくして睨み上げた。 「それは・・・あんたのほうだろ」 「なに」 「そっちが先に・・・」 「なんだ」 「別に」 春則は強制的に終わらせた。 何も言いたくなどなかった。 これ以上見苦しくなりたくないのだ。 低い声が振ってくる。 「それは・・・もう、終わらせると言うことか」 「・・・・・終わらせたのは、そっちだろう」 「俺が?」 「あんた以外の誰がいる」 「お前だ」 春則は苛立った。 視線も、上から言われて春則は燻っていた感情が溢れそうになる。 「な・・・んで、そんなに言われなきゃならないんだ、だいたい、いきなり言われて怒っているのは俺のほうだろう」 「機嫌が悪くならないとでも言うのか? この状況で?」 「どうしてあんたが悪くなるんだ」 「ずっと探していたんだぞ」 繕の低い声が部屋に響いた。 「携帯も連絡が取れず、部屋にもいない。心当たりも知らない。そんな状況で掛かってきた。電話はあの男の部屋に居るから迎えに来いとケイタからのものだ」 「・・・・え?」 「行けば行ったでお前は無防備に寝ているしあの男にも厭味を言われて、どうして俺の機嫌が良くなる?」 「そん・・・なの」 知らない。 春則は心が乱れた。 抑えたかった感情が溢れる。 このまま会わずにいて、いつか過去になるのを待つだけで良いと思っていたのに。 繕はそれを許さない。 春則は動揺を隠せなかった。 |
to be continued...