瞑想




いつまでも連絡が取れなくて、繕は少し苛ついた。
携帯にかけても、すでに聞きなれたアナウンスが流れているだけだ。
電源を切っているのだろう。
故意に切っているのだろうか。
仕事を思っても今は急ぎのものはなかったはずだ。やはり、切っているのだろう。
すでに夜中になるが、部屋の前に来ていた。
合鍵を持っているので中に誰もいないのは確認済みだ。
誰もいないのに、部屋の中で待つようなことは出来なかった。
繕はここ数日を思い返した。
切られるようなことは、理由はひとつしかない。
しかし、自分でもどうしようもなかったのだ。
うまく言葉が出なくて、結果結論だけになってしまった。
甘えていたのだろうか。
繕は無人の部屋の扉の前に立ち尽くした。
その辞令は年を開けてそれほど経たないうちに出された。
蹴る理由はない。
繕は大きく息を吐き出した。
自分も大概、弱い。
言わなくてはと何度も思いながら、目の前で見ると、微笑まれると何も言えなくなっていた。
確かに、柔らかな時間が流れていた。
初めてとも言える心地よい空間だった。
それを、壊したくなかったのだ。
今まで付き合ってきた人間を思い浮かべて、自分はどうして遊びでしかなかったのだろうかと考える。
こんな持て余すような感情を、どうすればいいのだろうか。
住んでいる、暮らしている状況が全く違うため休日も重ならない。
お互いに時間を見つけては逢瀬を重ねる。
しかし、それも逢えば取り敢えず逢えなかった何かを埋めるように身体を重ねた。
抑えきれない欲望もあったけれど、それは本当に付き合っているといえるのだろうか。
春則以外を抱きたいと思わなくなった。
立っているだけで人目を引き、それを全く自覚していない男だ。
笑えば人懐っこく、誰にでも合わせられる社交性は自分にはまねできない。
友人も繕とは比べ物にならないほど幅広く、自分を疑うほど心が狭いと思う。
繕は苛立ちを抑えようと煙草に火を付け、紫煙を吐き出した。
冷たいドアに背中を預けて、溜息のように煙を吐き出す。
腕を見て、時間を確認した。
日付が変わってしまった。
今日は、誕生日だったはずなのに。
家族に紹介して貰って、繕は戸惑った。
春則はもう繕を受け入れてしまっている。
繕に全く問題はない。
春則の家族を見て、その中に居る春則を見て、心が温かくなった。
もう家族とも呼べる人間のいない繕には、うらやましいとは思わないがどこか嬉しく思ったのだ。
会って身体を重ねて、疲れたように春則は眠り繕は仕事のために服を着る。
まったく、何も変わっていないと繕は拳を握り締める。
お互いのことなど、何も話していなかった。
あの日の帰り道に初めて誕生日を聞いて、どきりとした。
祝えるのだろうか。
その日までには、確実に言わなければならなかった。
しかし、その後で春則はその日を繕と祝わせてくれるのだろうか。
大概、勝手だな、と繕は短くなった煙草を携帯灰皿に押し込んだ。
もう、終わりなのかもしれない。
二年すれば帰ってこられるけれど、二年待てと繕は言えるはずもない。
相手は春則なのである。
暫く会わなければ、すぐに他に相手を見つけられるだろう。
繕を待つ必要などない。
所有物の証としてその指を拘束したのに、効果は全くなかった。
繕は自分にはめた同じものを見て溜息を吐いた。
いつも焦燥感に駆られて、しかし抱いて止めることしか出来なかった。
他に何も知らないのだ。
いい年をして、不器用過ぎる。

会いたい。

今はただ、それだけだった。
会ってどうするかは、そのときに決める。とりあえず会いたいのだ。
苛ついた繕がもう一本煙草を取り出したところで、携帯が鳴った。
画面を見ると春則ではない。しかしかけてくることが珍しい友人だった。
「・・・はい」
訝しみながらも出ると、聞こえてきたのは疑うような言葉だった。
「なに?」
思わず聞き返した。
相手の口調はいつもと変わらず、淡々ともう一度同じことを繰り返した。
聞き終わる前に、繕の身体は動き出していた。
まったく本気になんて、なるもんじゃない。


to be continued...



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