決別
グラスの中身を琥珀色に替えた。友人にも同じものを注ぐ。 春則は乾杯だ、とグラスを掲げると、珍しく驚いた顔がそこにあった。 「どうした?」 「お前・・・今日、誕生日だったのか?」 「それが?」 「いいのか?」 「なにが?」 言われているのは、今でも頭を占める相手のことだ。 しかし春則はそれを思いたくない。 会社勤めの内容がどんなものかは解からないが、転勤などすぐに言い渡されるものではないはずだ。 少なくとも、一ヶ月前には決まっていることだと春則は思った。 ならば、先日家に連れて行ったときにはすでに決まっていたのだ。 あの帰り道で、誕生日の話をしたときにはすでに決まっていたのだ。 それでも繕は何も言わなかった。 ただの話の流れだったのだ。 他意などなかったのだ。 期待した、自分が愚かだった。 期待? 春則はしていた自分を笑った。 いつからこんなことを思うようになったのだろう。 期待などするな。 遊びだと割り切れ。 この溢れそうな感情を押し込めて、以前の自分に戻れ。 春則は眉を顰めて自分を抑えていたのに気付いたのは向かい側からの視線に気づいたときだった。 相変わらず人形のような顔で春則をじっと見つめている。 春則は苦笑して、 「・・・ケイタは可愛いな、俺もケイタが欲しいよ・・・」 言われて人形のような顔が不思議そうに傾いた。口を開いたのは友人のほうだ。 「お前には無理だな」 即答されて、春則はむっとする。 「なんで」 以前にこの友人は春則にさえ自分のペットを抱くようにも勧めた。 「ケイタのほうが貪欲だ」 「なに?」 「お前のほうが先にばてるだろう。それじゃケイタには足りない」 「・・・・お前、それ厭味?」 「事実だ」 「いやみだろ! 自分は余裕があるって言いたいんだろ、このクサレホスト」 「誉め言葉だろ?」 「言ってろ・・・」 春則が呆れて視線を外すと、その相手が口を開く。 「繕が春則と別れるとは思えない」 突然会話を戻されて、春則は少し戸惑った。 この相手も複雑な過去を持つ。 繕とも何もなかったわけではない。 春則の知らないことも知っているのかもしれない。 春則は思って、この関係を笑った。 春則も人のことは言えず、この友人と身体を重ねたことがある。 繕はこの可愛らしい人形のような相手と過去があった。 それを改めて思って乾いた笑みが零れたのだ。 どうしようもないな。 すぐに、繕ともそんな関係になるのだろう。 抱き合っていた事実が過去になり、また再会したときにはどうなっているのだろうか。 春則はそのとき、新しい相手がいるのだろうか。繕も、違う誰かを連れているのだろうか。 もしかしたら、飾りじゃないリングをはめているかもしれない。 春則はグラスに注いだアルコールを一気に煽った。 「もう、いいんだ・・・」 何も考えたくなかった。 頭の中はたった一人の男で埋まっている。 だからこそ、もうどうにかして欲しいと思った。 「指輪もしない・・・もう、香水も変える、何も・・・考えたくない」 春則は何種類かのフレグランスを持っていた。 けれど、ずっと同じものを使っていた。 それも自分には考えられないような甘い想いからだ。 なにをそんなに乙女になっているのだ。 いい加減、振り回されすぎている。 なんのことはない言葉ひとつが、こんなにも春則を振り回す。 「だから、嫌だったんだ・・・」 いい大人が、本気になんてなるもんじゃない。 春則は目を伏せて俯く。 頭がぼうっとする。 瞼が上がらない。 もしかしたら、酔っているのだろうか。 春則はやっとそう思い始めた。 |
to be continued...