逡巡




繕の世界に、どれほど自分は占めていたのだろうか。
春則はぼんやりとまた思考が回った。
暗い、と自分でも思うのだが止まらなかった。
繕しか受け付けなかった身体は、今はどうなのだろう。また、女を抱けるようになるのだろうか。
しかし、きっとすぐには無理だ。
いつになったら吹っ切れるのだろうか。
新しいブレスより軽いはずの指輪が、ポケットの中で重みを増す。
考えて、春則は笑いが込み上げてきた。
「馬鹿だろ、俺は・・・」
考えなくても解かる。
繕が出発すると言ったのは七日だ。それを告げられたのは、先日だった。
猶予は一週間もなかった。
あっさりと終われる。
大人の理性でお互いを保っていた二人だった。
別れにも、何も準備などいらない。
ただ、思ったより春則自身が嵌っていただけだ。
繕のせいだ、と春則は責めた。
責めるくらい、許して欲しいと思った。
あんなに優しくするからだ。
あんなに春則を自分のテリトリーに入れたりするからだ。
春先の風は、いつまでも身体に冷たかった。



「春則、そのくらいにしたらどうだ」
友人は珍しく諌める声で言った。
春則の部屋ではない。
姉たちと別れた後でふらふらと街を彷徨って、結局自分の部屋には帰らず何度か来たことのあるこの友人の家に足を向けた。
連絡もしなかったので居るかどうかは賭けだったが、春則は勝った。
最近頻繁に顔を合わせてしまった友人のところにどうしてか足が向いたのだ。
休日を、恋人ではなくペットと言い張る相手と過ごそうとしていたところに乗り込んだのだが、
春則は今そんな気遣いができる余裕はない。
ずかずかと上がりこんで相変わらず整ったリビングで手酌に酒を傾けていた。
すでに床に転がるビンはひとりで空けれる量ではない。
もちろん友人も付き合ってはいたが、お互いに強い。
まだまだ理性のある声で言われて、春則はむっと眉を顰めた。
「どうして・・・もうダウンか? 早いぞ、譲二」
「お前だろう、もう目が据わっている」
友人のほうが正しい。
春則はいつもより回りが早い。動作も緩慢だった。
友人の隣で寛ぐ本当にペットのような相手も、それに同意した。
「自棄酒?」
その言葉は春則を直撃した。
まさか自分がそんなことをしていると思いたくもない。
「どうして、俺が」
「そんな呑み方だから」
「まさか・・・なんで、俺が・・・」
「繕となにかあった?」
「なんで・・・・」
「指輪、してない」
目ざとく言われて、春則は口を噤んだ。
全くチェックが早い、と舌打ちをどうにか抑えた。
「別に・・・どうも、ない」
春則は何でもないように言ったが、付き合いの長い友人は気付かないはずはない。
「別れたのか?」
きっぱりと言われて、春則はすぐに返せれなかった。
「どうして?」
訊いてきたのは春則ではない。
「好きだって言ってたのに」
春則は以前に、恥ずかしいとも思う心をこの相手には言ったことがあった。
目の前の二人も、かなり屈折した付き合いをしている。それをもどかしく思ってどうにか素直になって欲しいと願った。
そのときは、心は満たされていた。だから素直になれた。
繕本人にはとてもじゃないが言えないが、春則が見ても可愛いと思うこの相手にだけは言えた。
しかし、それは自分の心が豊かだったからだ。
所詮おせっかいだったかもな、と春則は自嘲した。
自分が幸せだと思っていたから、他人に口出しが出来たのだ。
「いいんだ・・・もう」
春則はゆっくりと首を振った。
そして他人に傅く仕事をしている友人を見て、
「譲二・・・俺も、本気になんかなれないみたいだ・・・」
正確には、なりたくない、だった。
 それでもその意味を正確に友人は受け止めた。
「もう、遅いだろう」
「・・・・譲二も?」
「・・・・たぶんな」
春則は酔いのせいで赤くなった顔で笑った。
「お互い、どうしようもないな・・・」
それから春則は部屋の隅にあった時計を見た。このシンプルな部屋に似合った針だけが刻まれた
それに、時間を確認する。
「ああ・・・呑みなおすぞ、譲二、湿っぽくなってきた」
「もう止めておけ」
「いいや、これからだ・・・一緒に祝え。ハッピーバースディ、俺」
 二本の長短の針が、一番上で重なっていた。


to be continued...



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