指輪
「どうしたの?」 春則はすぐ上の姉に覗き込まれるようにして、現実に戻った。またぼうっとしていたのだろう。 あれから春則は眠れるはずもなかった。 夜が明けてもずっと考えていた。 ただ、出口のない思考を巡らせていて結局答えは出なかったけれど。 あの言動の意味を考えて、答えはひとつしかないのにいつまでもグルグルと考え込む。 終わるのだ。 あれほど焦がれて、燃え上がったものも終わりが来る。 それは充分に知っていることだったけれど、 いつしかそんなものは来ないと思い込んでいた自分に、春則は自嘲気味に笑う。 だから恋などしたくなかった。 本気で誰かを好きになどなりたくなかったのに。 この別れが慣れなくて、いつまでも心に傷を作って春則は浮上するまでにかなり時間を要する。 しかし大人になったつもりだった。 恋などもうしない。本気で好きになどならない。気に入った相手と気の向くままに遊ぶ。 そんな人生で充分だと決めていたのに。 人生はどうして自分の思うようにいかないのだろうか。 繕に惚れたいと思ったことなどない。 いつ、こんなに堕ちてしまったのだろうか。 春則は知らず息を吐いた。それも、先日からずっと止まることなくしている行動だった。 もう眠るだけだった気だるい時間に、爆弾を落として帰っていった男の背中だけはいつも鮮明に思い出せる。 嫌になるほど、その背中だけを見てきたのだ。 抱かれることに慣れてしまった身体。 繕の指使いを、身体が覚えてしまった。 「春則?」 二番目の姉にも呼び戻されて、また春則は思考に嵌っていたことに気付く。 頭を軽く振って現実を見る。いつまでも考えていても仕方のないことなのだ。 「なにかあったの?」 心配そうに覗き込む一番上の姉に、薄く笑って首を振る。 「いや、なんでもない・・・それより、ありがと、今年は何?」 春則は膝に置かれた紙袋を開けて良いか訊いた。 毎年恒例の誕生日プレゼントだった。 春則の誕生日は明日である。 昔はその当日に出来たものも、大人になってから全員が揃うのはその日とは限らない。 出来るだけ近く、全員の予定の会う日に集まるようになっていた。 春則の誕生日だけではなく、それは姉弟全員のことだった。 小さな紙袋の中身は有名なブランドのケースが入っている。 デザイン的にはシンプルなブレスだった。 お互いの趣味を良く知る姉弟は、プレゼントにはずれがない。 このときも春則は嬉しそうに笑った。 「いいね、これ・・・似合う?」 春則は早速それを腕にして見せた。 細くもないが太くも見えない春則の腕に、それはぴったりだった。 三姉妹は満足そうに笑い、 「似合う〜」 「うん、今日の服にも合うわね」 「本当は、指輪も候補だったんだけど・・・止めといて正解ね」 「え・・・」 三人の視線が春則の指に注がれた。 それで、春則はそこにリングをしていることを思い出す。 先日、家に行ったときにはさすがに二人とも外していた。 どう見てもペアリングだったからだ。 しかし、帰ると春則は当たり前のようにそれを付けた。指に、すでに馴染んでいる。 「ああ・・・」 春則は大きく溜め息を吐いた。それは苦笑にも近かった。 あまりにも馴染みすぎて、付けていることすら忘れていた。 春則はそれを外した。何の抵抗もなく、あっさりとそのリングは春則の指から抜けた。 そのままそれをジャケットもポケットに落とす。 「どうしたの?」 不思議そうな顔をしてその行動を見た姉たちに、 「忘れてた。もう、いらないんだった・・・」 どうにか笑顔を向けた。 予想してはいたが、三人とも驚愕に目を見開いて、 「な・・・んで?!」 「もう?!」 「だって、あの人でしょ・・・?!」 春則は全てを受け止めて、 「うん・・・まぁ、結局合わなかったんだろうな・・・もともと、リーマンって俺の柄じゃない」 春則はフレックスだ。それは仕事においてもプライベートにおいてもだった。時間に縛られるのが嫌だったのだ。 思えば趣味も生活する世界も何もかもが春則と繕は違った。重なったのはあのカフェでだけだ。 それ以降はどちらかが相手に重ねて、それを探していた。無理をしていたのだ。 それでも、逢いたかった。 春則は浮かんだ感情を押し込めた。 もう、想っても仕方ないことだった。 |
to be continued...