夜伽




後ろから腰を抱えられて何度も腰を押し付けられる。
繕の形を覚えてしまった春則はそれだけで快楽が見つけられる。
「ぜ・・・、んっん・・・」
静かな部屋に荒く重なった息が二つ。
あとはベッドの軋む音だけ。
抽挿の淫靡な音は春則は聞こえないことにしている。
「あ・・・っ、も、」
苦しそうな春則の声に繕の動きが緩慢になる。
「なに・・・っおい、ちょ・・・っ」
絶頂を迎えそうだった春則は急にペースを変えられて肩越しに振り返る。
汗を浮かべた繕が薄く笑って春則を見ていた。
「早い・・・もう少し我慢しろ」
「むり・・・っも、終われ・・・!」
「駄目だ」
「だめじゃな・・・っあぁっ」
繕の手が春則の身体に伸びて胸の上を弄る。
尖った突起に触れ、そこだけをいじる。
「やめ・・・っ」
「止めれるか」
「・・・っこの、エロおやじ・・・!」
「お互い様だ」
春則は声にならない言葉で口の中で罵った。
仕事明けに部屋を訪れられて、そのままベッドになだれ込んだ。
時間はサラリーマンの繕よりあるくせに、一度納期が近づくと春則は完全に外部をシャットアウトする。
繕も然りだ。大人しくそれが終わるのを待つしかない。
仕事が上がったと連絡すれば、すでに夜も更けていたが繕はすぐに来ると言い出した。
いつもなら翌日以降になるはずの逢瀬で、春則は慌てて身繕いをしたのだ。
しかし全てを剥ぎ取られ、洗ったばかりの身体を貪られた。
待たせた、と負い目のある春則は抵抗などない。
それに求められることが、そこまで求めてくれることが春則は何よりも嬉しいと思ってしまうのだ。
会いたかった、などの言葉は何一つないけれど、言われても自分も困るけれど、この行動だけで気持ちが分かる。
いつのまにか疲れた身体は睡眠を欲し、春則は意識を手放していたようだ。
時計を見るとまだ夜中でしかしベッドには独りだった。
瞼は上がりきっておらず、すぐにまた眠りそうな勢いだった。
それでも視線を部屋に回して繕を探した。
オレンジ色の小さな明かりだけの部屋に、繕が入ってくる。
髪が濡れていた。どうやらシャワーを浴びていたようだ。
その行動を睡魔が半分以上襲った頭で不思議に思う。
「・・・・帰るのか?」
小さく呟くと、春則が起きていたことに気付いた繕は少し驚いて、ベッドの端に腰を下ろした。
「・・・・ああ」
タクシーしかない時間だけれど、今は平日の最中だ。明日も仕事へ行く繕には仕方のないことかもしれない。
床に散らかった服を手に取り、繕は口を開いた。
「春則」
もう一度寝ようとしていた春則はその声で瞬いて目をどうにか開ける。
「春から、転勤が決まった」
「・・・・・・」
春則の世界が止まった。

転勤?

春則はその言葉の意味を探して、何も言えなかった。ただでさえ疲れて眠たい身体だ。
いつもよりも思考が鈍い。しかし脳みそは覚醒した。
「仙台に二年、出向になる」
繕の声はいつもと何も変わらず、明日の予定を言っているようだ。
春則の頭はどこか冷静で、出向と言うことは帰ってくれば出世が待っているのだな、と違うことを考えていた。
何も言わない春則を繕は背中を向けたままで服を着始めた。
この背中を、春則は見たことがあるとぼんやりと思った。
そうだ、あのホテルでよく見ていたのだ。
すでに懐かしいとすら思う、二人の逢瀬を重ねたあのホテルの、情事のあとの空間だ。
繕の中にはもう、帰ることしかないのだろう。
「七日に出発だから」
「・・・・・・」
だから、何だというのだろう。
春則は口を開くことも出来ずにいた。
目を閉じた春則を繕はジャケットを着て覗き込み、
「・・・寝るのか?」
「・・・・ああ」
春則はそれだけ言えた。
伏せた目で、もう繕は見えない。
額に唇が触れて、柔らかな髪を梳かれるように撫でられた。
「おやすみ」
春則はベッドから動くことなく、出て行った繕の音を聞いた。


to be continued...



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