家族




繕がその後で漸く家の中に招き入れられると、姉弟たちに慣れているのか
待ちくたびれた風でもないような両親がリビングでゆったりとしていた。
「村瀬です、初めまして」
繕は自分から先に頭を下げる。
会社員の父に専業主婦の母。
その顔立ちは春則から想像がついたのか、繕はなるほどとその家族を見た。
大きめのソファに促されて座ると、隣の春則がどうも居心地が悪そうに身動ぎを繰り返す。
どうやらこの状況に慣れていないらしい。
繕を間に反対側に座った三女をじろりと睨んでもいる。
しかしこの姉妹はそんな春則に慣れているのか気にもかけず、
「村瀬さん、どうやって春則と知り合ったの?」
と飾りではない指輪をはめた指を隠しもせずに繕に微笑む。
「ああ・・・えっと」
さすがに繕も言葉を探した。
成り行き。
それが一番近いような気がするが、あの時はお互いに本気になるなど思ってもいなかった。
繕は苦笑して、
「・・・とりあえず、声をかけたのは春則ですが」
「あれは声をかけたって言うより、大丈夫か訊いただけだろ」
「でも、俺からじゃない」
「そうだけど」
「なになに! 何があったの?!」
好奇心いっぱいで口を挟む姉妹たちに春則は顔を思いきり歪めて、
「・・・・教えたくない」
きっぱりと言った。
「えぇ〜? 春くんのケチ!」
「ケチってな・・・!」
「良いじゃないの、減るもんじゃなし」
「出しおみしてると狭くて小さい人間になるわよ」
「・・・・・なんとでも言え」
この調子で言いくるめられてきたのだろう。
両親はその仲の良さそうな姉弟たちを見てただ微笑んでいる。
繕は知らず、顔が緩んでいた。
この空間を、嫌いじゃないと感じたのだ。
それから他愛もない会話をして、早々に春則は腰を上げた。
引きとめようとする姉たちに、絶対に譲れないと振り切る形でその家を後にしたのだ。



「良かったのか?」
本当に顔を合わせただけの会話だった。春則は日ごろから実家に帰っているわけではない。
春則自身も久しぶりの対面だったはずだ。
とにかく姉妹から繕を離そうとするだけで、ろくに会話らしいものをしていなかった。
繕はそれを心配したのだが、春則は疲れたように溜息を吐いて、
「いいんだよ、一回許すとどこまでも食いついてくるからな・・・」
駅までの道を、また二人で並んで歩いた。
「仲が良いな」
繕の言葉に、春則は思い切り顔を歪め、それから思い直したように表情を難しそうに変えた。
「そう・・・か? そうなのか?」
「そうだろう、俺には兄弟はいないから分からないが」
「繕に兄弟って、想像つかないな」
「お前は末っ子だな」
「どういう意味だよ」
「そのままだが」
「悪いか」
拗ねたような顔でふい、と顔を背けた春則を苦笑して、繕はジャケットのポケットに手を入れて煙草を取り出した。
慣れた仕草でそれを銜えて火をつける。
一度吸い込んで、大きく煙を吐き出しながら、
「・・・・悪くない」
低く、呟いた。
その声に反応して春則が口を開く前に、繕は春則を見て、
「ところで名前、春夏秋冬だな、生まれをそのままか?」
春則は虚を付かれたような顔をしたが、その質問には頷いた。
「あ・・・ああ、そう、安易なんだよ、親父は」
「ふうん・・・春生まれか」
「それ以外に、こんな名前付けると思うか?」
「いいや・・・」
繕がまた煙を吐き出して笑ったのを、春則は見逃さず、
「なんだよ?」
「いや・・・知らなかったなと思って」
「なにを?」
繕は短くなった煙草の灰を指で弾いて路面に落とした。
「・・・お互いの誕生日なんて、全く知らなかったろ」
その言葉に納得して、春則も視線を外した。
「・・・ああ、そうだったな・・・」
駅までの住宅街の道をしばらく無言で並んだまま歩いて、先に口を開いたのは繕だった。
「いつだ?」
「え?」
間が空いたので、春則には意味が解からなかったようだ。
「誕生日、いつだよ。もうすぐだろ?」
「すぐ・・・だけど、聞いてどうするんだ? 何かくれるのか?」
「欲しいなら、やっても良い」
「別に、何にもいらないけど・・・」
「言えよ・・・何が欲しい?」
「いい大人が・・・ものを買ってもらって喜ぶほど子供じゃない」
「ふうん? ・・・まぁ、お前が貰って喜ぶのはアレだよな」
「・・・・アレってなんだよ」
少し頬を染めて睨んでくる春則に、繕は人の悪い笑みで返した。
「アレはアレだろ? いつも、欲しいって強請ってるだろ・・・」
声を落としたその低い囁きに、春則ははっきりと赤くなった顔で繕を睨み付け、それからふいと顔を反らす。
「・・・いらねぇよ!」
「遠慮するなよ、帰ったらやるから」
「いらない! 絶対、いらない!」
そう言い切りつつも、逆らえ切れないと春則は感じているのだろう。
繕は赤い耳を見ながらまた笑った。
そこに、押し殺したような声が届く。
「・・・6日だ」
「・・・え?」
「来月の、6日」
「・・・・・」
何の日なのか、聞き返さなくても解かる。
繕は何も答えなかった。
心地よい無言がお互いの間に流れて、嫌いじゃないとそれを楽しんでいた。


to be continued...



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