対面
「煩いからな」 綺麗に整った顔を顰めて、春則はもう一度言う。 「何回目だ?」 隣を歩く繕は煙草を吸い込んだ息を吐き出しながらその行方を目で追っている。 春則の表情は自宅兼仕事場の家を出たときから変わらず、困ったような拗ねたような、 申し訳なさそうでいて仕方なく諦めた、という複雑な顔だ。 隣街にある、春則の実家に行く途中だった。 駅からの道、春則には学生の頃に歩きなれた道だ。徒歩20分の距離を二人で並んで歩く。 タクシーに乗らなかったのは、どうにかして家に着くのを遅らせようとする春則のせいである。 墓前とはいえ両親に紹介してくれた繕に対し、春則は漸く自分も家族に紹介する気持ちを固めた。 すでにあれから二ヶ月近くが立とうとしている、春にはもう少し早い季節だった。 春則はハーフジャケットのポケットに手を突っ込み、俯き加減で今日何度目かの溜息を吐く。 会わせると決めたものの、やはりどこかにまだ会わせたくないという気持ちが捨てきれない。 繕はその春則を横目で見て、 「喰われないから心配するな」 全く自分では心配していないことを口にする。 それで春則の気が済むならいくらでも言った。 しかし春則の気持ちは晴れない。 昨日、会わせたい人がいると連絡を入れたときは、嫁に行ったはずの上と下の姉も帰ってくると喜ばれた。 隣県に一人暮らしをしている真ん中の姉も帰省する予定だ。 つまり姉弟が全員揃う。 そのことに関しても両親は嬉しそうだった。 加えて、春則が誰かを紹介すると言ったのは初めてだったからだ。 「俺のことを、言ったのか?」 春則に負けぬ可愛らしい女性を想像されているのではないだろうかと繕が煙草を携帯灰皿に押し込む。 そろそろ家が近いと思ったのだ。 春則はそれに首を振って、 「いいや」 「いいのか? 言っておかなくて」 「いいよ・・・そういうことに関しては俺隠してないし」 春則の相手に関して――はっきりと言えば、性生活に対して、春則は一切隠していない。 相手が女だろうと男だろうと、そして遊んでいることも。 繕は自分のことより、繕を会わせることのほうが気が進まない春則に小さく息を吐き、それでも気にしないことに決めた。 着いた家は一軒家で、どちらかといえば可愛らしい感じのする洋風の家だった。 玄関先で春則はひとつ大きく息をしてインターホンに手を伸ばす。 「・・・春くん?!」 機械越しに会話をすることもなく、相手を確かめる前にその扉が勢いよく開いた。 出てきたのは満面の笑みで、春則より頭ひとつは低いストレートの髪を肩先まで伸ばした女性だ。 甘い声に対して、外見は春則と似て黙っていればキツイ印象を受けるだろう。 「冬姉・・・相手を確かめてから開けろよ」 「だって春くんだって分かってたし〜」 「ああ、そう」 「冬姫、反応早いよ!」 その後ろから現れたのは二人の女性。 ひとりは巻き毛を背中まで伸ばし年上であるだろうが若奥さまといった風貌だ。 最後のひとりは緩いウエーブのかかった髪をひとつに纏め、Tシャツにジーンズとかなりラフな格好だった。 それぞれに春則を喜び、歓迎しているのが一歩下がった位置にいた繕にも分かった。 「久しぶりね、春」 「そうだね、秋姉」 「元気なの? 仕事はどう?」 「変わってないから、夏姉」 始めに出てきたのは三女、若奥様にしか見えないのは長女、そしてカジュアルな次女。 春則はそれぞれに言葉を返し、そして姉たちの視線が自分を追い越して後ろを見るのをはっきりと感じた。 チェック早すぎ、と春則は舌打ちをどうにか隠す。 ノータイのシャツにジャケットを着込んだ繕は、いつもより若く見える。 春則は喰いつかれそうなのをどうやって抑えようかと決めかねたまま、繕を促す。 「村瀬さん、今日連れてくるって言ってた・・・」 「・・・・春則」 呟いたのは長女の秋子。 その春則の後頭部をぺしっと平手で叩いたのは次女の夏海、 そして今にも春則を揺さぶりそうな勢いでしがみ付いたのは三女の冬姫。 「あんた・・・っいつからこんなに趣味良くなったの?!」 「春くんずるい〜」 「どこで捕まえた?」 「・・・・・・」 繕自身が口を開く前に姦しく春則を責めて、春則はいつものことのように、慣れているのか諦めているのか深く息を吐いた。 「いいから! 落ち着けよ」 「えぇ〜紹介してよぉ」 「してくれないなら自分でするけど?」 「初めまして、いつも春則がお世話になってます、次女の夏海です」 「ああっ夏っちゃんずるい! 私は三女の冬姫です〜こんにちわぁ」 「煩くてごめんなさい? 長女の秋子です」 して欲しいといいながら、勝手に春則を押しのけて口々に愛想よく微笑む。 繕がそれに答える前に、その間を春則が封じた。 「がっつくな! こいつに手ぇだすなよ?!」 末っ子らしく、拗ねたような顔で姉たちを睨み付けると、夏海がにやりと綺麗に笑い、 「出さないわよ? ただ、いつもお前は趣味がいいのよね」 冬姫もにっこりと可愛らしく微笑んで、 「どうしてかしらね? 日ごろの行い?」 最後に秋子が嫣然と微笑んだ。 「あら、躾のおかげよね? 感謝してよね、春則」 「・・・・・・・」 春則はもう何も言えず、ただ項垂れた。 その後ろで、繕が押し殺したように笑った。 「・・・繕?」 振り返った春則に、繕は珍しく笑んだまま、 「いや、らしいな、と思って」 「らしいって? どういう意味だよ」 「別に見下しているわけじゃない」 「じゃぁどういう意味」 「嫌いじゃない」 「・・・・・・・」 その意味を考えて、春則は思わず言葉が出なかった。 二人の会話を傍で聞いていた姦しい三人姉妹は視線を外し、明らかにどうでもいいような溜息を吐くだけだった。 |
to be continued...