後悔




大人の付き合いをしているつもりだった。
相手の行動を制限しない。口出しもしない。嫉妬なんてこともしない。
見苦しいことだけはしたくない。
もう、そんなことをする年ではない。
そう決めていたのに。そう思って、付き合い始めたのに。
どうしてこんなに感情が入り乱れる?
どうして心を制御出来ない? 
自分のことだというのに。






目の前で思い切り大きな溜息を吐かれて、春則は眉を顰めた。
繕の表情はかなり不機嫌さを隠していない。
どうしてそんなにこっちが怒られなければならないんだ。
春則は傷ついたのだ。
怒るのは春則のほうである。
「何がやりたいんだ、あんたは・・・俺のことなんか、もう放っておけばいいだろ」
わざわざ呼ばれたからといって迎えになど来てくれとは一言も言っていない。
携帯を切っていたのも、もう自分にも未練を残したくなかったからだ。
春則は投げやり的に吐き出した。
「どうして放っておける」
冷たく、あっさりと返ってきて春則は苛つくのがはっきりと解かった。
「もう・・・終わらせるんだろう・・・! 俺は何も要らないから、女じゃないんだ、後始末もいらないだろ」
「終わらせるなんて言ってないだろう」
「同じことを・・・!」
春則にとって見れば同じことだった。
いきなりの決定は、別れの言葉だ。急な移動に説明も猶予もない。
もしちゃんと付き合っているのであれば何か事前にあってしかるべきだ。
繕の中に、春則はそこまで入っていなかったのだろう。
四六時中一緒に居なければ落ち着かないほど子供でもない。
未来がないと生きていけない女でもない。
ならば、この結論が妥当だ。
「俺には、変わらない・・・遊びにだって慣れている。言われなくてもしつこくもしないし、きっぱり終わらせてやるさ」
「それを・・・」
繕の声が押し殺したようなものになって、春則は視線を上げた。
「・・・いまさら、それを言うのか」
「・・・・な、に」
怒りの表情ではない。
繕は苦渋に歪んだ顔を必死に堪えていた。
春則はそれを見て目を瞠る。
そんな顔、見たことがない。
「遊びだと、お前が言うのか・・・?」
「・・・・・」
「遊びだったと、思っていたのか・・・?!」
「ぜ・・・」
「だから割り切れと、言うのか」
春則は言葉を捜して口を開くが何も出てこない。
さっきまでグルグルと回っていた思考が止まった。
繕の表情に戸惑う。言葉がよく理解できない。
そんな顔をされて言われたら、まるで春則が傷つけたみたいではないか。
「そっちが・・・割り切っているんだろ・・・!」
春則はそんな繕を見たくなくて顔を伏せた。
聞きたくなくて耳を閉じてしまいたかった。
「もう俺を掻き回すな・・・! 俺の中に入ってくるな! こんなことで・・・っ、もう俺はなにも考えたくないんだよ・・・!」
「何をだ」
「何もかもをだよ!」
「わからない。知っていると思うが、俺は他人の心なんか理解するなど到底無理だ。はっきり言え」
「自分で自分がよく分かっているよな、あんたはそういう人間だ、他人を思うことなんて、絶対ないんだろう」
「思ってどうなるんだ。何が解かる? 俺に心を読めとでも言うのか? 言いたいことがあるなら言葉で言え」
「・・・自分のことは言わないくせして、俺にばかり強要するな」
「俺に・・・言えるはずがないだろう」
呟いたような声に、春則は俯いたまま乾いた笑みを零す。
「あんたはいつだって、勝手だよな・・・」
「それはお前だ」
「あんただろ、なんで・・・いきなり転勤なんだよ・・・!」
春則は黙っていようと思っていた想いが口から出た。
出した瞬間に後悔したが、一度出てしまえば止めれるはずがない。
「なんでそんなことを言うんだ・・・決定したことだけ言われて、俺はどうすればいいんだよ!相談もなしでそれだけ言われて、俺がなにも感じないとでも?」
「はる・・・」
「ああ、俺に相談なんかしなくてもあんたは何もかも一人で決めれるだろうけどな!付き合っていると思っていたのは、俺だけだったんだろう、今までの遊びと変わらなかったんだろ」
何を言っているんだろう。
春則は自分で言いながら、どこか覚めた部分があるのを感じた。
感情的になって言っている自分を客観的にただ見ている自分がいる。
言っても仕方ないだろう、と諦めている自分がいる。
「あんたから見れば俺はさぞ滑稽だっただろう、男相手に抱かれて、嵌って、こんなものひとつで喜んで・・・!」
春則はジャケットのポケットに入れっぱなしだった指輪を取り出した。
床に投げて、乾いた音が響く。
「どうして俺の中に入ってくるんだ・・・! 離れていくなら、なんで期待させるんだよ・・・!」
これでは駄目だ。
春則は絶望する自分に気付いた。
こんなことを言ってどうする。
これでは泣いて縋る女と一緒じゃないか。
涙すら、もう出ないけれど、こんな感情的に責め立てて、繕がどうなるものでもないのに。
やはり、涙など出ない。
春則は伏せた目で、自分の乾いた声を聞いた。
言っても仕方ないのに、止まらない。
殴ってでもいいから、止めてくれ。
春則は何も言わずただそこにいる相手に求めた。


to be continued...



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