告白
「甘いことを言うな、俺に笑いかけるな、離れていくのなら、俺に期待なんかさせるんじゃない・・・!」 転勤が悪いわけではない。仕事なのだ。 ただ、思っていたより依存していた自分に気付いてしまっただけだ。 いつでも会えると思っていたことに、こんなにも安らぎを感じていた自分が苛ついて仕方ない。 ずっと一緒にいれるなんて簡単に思っていた。 傍にいるのが当たり前になっていた。 いつからそんな期待を持つようになったのだろう。 身体だけの情事だと、割り切っていれば良かったのだ。 その先なんて、求めなければ良かったのだ。 そうすれば、こんなに苦しむこともなかった。 だから、恋なんてしたくなかったのだ。 俯いて動かない春則に繕は何も言うこともなく、ゆっくりと身体を動かして春則が座り込んでいる床の前にあるソファに身体を下ろした。 「・・・・・」 肩を落とすほどの大きな溜息を吐いて、膝に肘を乗せてその手で顔を覆う。 身体を曲げて、頭を抱え込むような格好だ。 春則は俯きがちにそれを視界の端に入れて、相手の次を待った。 かなり馬鹿なことを言ったという自覚はある。 「・・・期待させたかったわけじゃない・・・」 低く呟いた声に、春則は身体が固まった。 「・・・ああそうか、悪かったよ、勝手に期待して」 完全に拗ねたような口調だった。 子供じゃあるまいし、と自分でも思う。 「そういう意味じゃない」 「じゃぁどういう意味だ」 「言えなかっただけだ」 「なにが」 「俺は・・・・」 繕はそのまま固まったように言葉を切った。 春則は少しだけ視線を上げた。 しかし、きついものになっているのが分かる。 「お前と別れるつもりなんかない」 低い声で、しかしきっぱりと言われた。 春則は驚愕に目を見開いて、その言葉の意味を考えた。 別れない? じゃあどうするつもりなんだ。 「俺に・・・どう言えというんだ」 「なに・・・」 「どう、言ったら気がすむんだ。どう言えば良かったんだ」 「なに、言ってる、そんなの・・・・自分で考えろ」 春則はその言葉の意味が理解できず、そのまま返した。 「解からないから、言えなかっただけだ」 「なんで解からないんだよ」 「お前と一緒にするな・・・俺が素直に言えば良かったのか?お前はそれで満足できたのか?会うたびに愛を囁けばそれで良かったのか?」 「あ・・・・っ」 春則は顔が染まるのが解かった。 「俺にそれを言えというのか・・・」 言葉をもともと持たない男は、不器用だ。 だからたまに言う言葉が酷く重要になるし、言わなくても行動でちゃんと表してくれる。 「い、言えとは言ってない・・・!」 春則は慌てたように遮った。 そんなことを言う繕は想像が付かない。というより、想像したくない。 「期待させるなだと? 甘いことを言うなだと? 笑いかけるななんて・・・俺の台詞だ」 俯いたままの繕は声だけははっきりとしていた。 「お前が・・・俺に笑うから、苦しくなるほど甘いことを言うから・・・俺はますますお前を離せられなくなる。閉じ込めておきたくなる。いっそ向こうまで連れて行きたいくらいだ」 「・・・・・・」 春則は動けなかった。 思考も止まったままだ。 いつになく饒舌な繕に、そしてその言葉に追いつかない。 「本当なら・・・早く言わなければと思いながら、お前が笑うから・・・俺を信用するから、それを失いたくなくて」 言えずにいた、と言う。 春則は顔を歪めた。 どうしていまさらそんなことを言うのだろう。 「あんたが・・・俺を信用してないんじゃないか・・・」 「出来るはずがないだろう」 即答されて、春則はむっと眉を寄せた。 顔を上げて真剣に見つめる繕を睨み付け、 「なんで出来ないんだよ! 俺が・・・っ俺が、いつもどんな気持ちで・・・!」 「どうやったら出来るんだ? 気を抜いたら誰にでも付いていくくせに、誰からもに声をかけられて俺のほうがどんな気持ちでいると思う」 「そんなもん知るか! 言っとくが俺はそんなに尻軽じゃない!」 「ならなんであの男のところに行く」 「あのって・・・譲二は友達だろ!」 「友達と寝るのか?」 「あんただってケイタと寝てただろ! しかも俺とやった後で!」 「あれはお前のせいだ」 「勝手に俺のせいにするな!」 真剣な顔で言い合ってお互いに顔を見つめて、ふい、と逸らした。 それも同時の行動だった。 二人とも頭を抱える勢いで溜息を吐く。 「・・・・どうしようもないよな・・・」 どちらでもなく、どちらからも、呟きが聴こえた。 心の声だったのかもしれない。しかし、同じことを思っていた。 お互いに鈍くはない。 心の中までは覗けなくても、相手の言いたいことは言葉の端々や行動をトレースすれば見えてくる。 今解かるのは、別れたいなどとは思っていない。 お互いに。 全く、進歩がない。 そのせいで、溜息は深く長いものだった。 |
to be continued...