痕跡 春則はかなりの窮地に立っていた。 背中に冷や汗が流れるのが解った。 目の前から、冷たい視線が注がれる。 自分でも、かなり焦っていた。 「・・・もう、帰るね」 気付くと、服を着た女が戸口に立っていた。 裸のままの春則は、独りベッドの上で滑稽さが隠しきれなかった。 女がドアを閉めた音を聞いて、タカが外れたように笑った。 乾いた声で、莫迦みたいに独りで笑った。 「まさか・・・」 自分でも、信じたくなかった。 しかし、事実だった。今、まさに現実だった。 出来なかったのだ。 生まれて初めての経験だった。 いい女だったのに。 春則は涙まで浮かべて、ベッドを転がりながら笑った。 一頻り、笑い終えたところで、携帯に手を伸ばした。 いつもの番号を探した。 「・・・俺、ちょっと、来ないか?」 相手が出たところで、それだけ言った。 断られなかった。だから、場所を伝えて、切った。 「・・・マジかよー」 それから、天井を仰いだ。 全面、鏡になっているそこに、何も着ていない身体が曝け出される。 「情けね」 自分を嘲笑った。 「・・・もったいねぇ・・・」 さっきの女を思い返した。 自分でそう思うほど、いい女だったのだ。 しばらくすると、ドアが鳴った。 春則はドアの鍵を開けて、そのまま部屋に引き返した。 鍵を開けて貰った相手は、そのまま部屋に入ってくる。 こんな時間に呼び出したのに、繕はスーツだった。 春則はベッドに上がりながら、その格好を見て眉を顰めた。 「あ?何してたんだ?仕事?」 「そうだ・・・お前は?」 繕も何も着ずにいた春則を見て、眉を顰める。 「見ての通り」 春則は身体を見せて、 「女に逃げられた」 繕は少し驚いて、 「お前が?」 「ちょっと、間が悪くてな・・・そんなわけで、燃焼してないんだ」 手伝えよ、と春則は繕のネクタイをベッドの上から引いた。 繕はその身体に顔を寄せて、 「・・・女の匂いがする」 春則は少し驚いたが、すぐに笑って、 「シャワー浴びようか?」 おどけていって見せた。 繕は表情を変えずに、身体を屈めた。 「いい。消してやる」 春則の腰を抱きかかえ、そのままそこに口付けた。 「・・・っ、ん」 春則はそのままベッドに背を預ける。 息を弾ませながら、目を開けると、天井に写った自分たちが見える。 全裸の春則に、奉仕しているスーツ姿の繕。 込み上げてくる笑いを止められなかった。 「・・・なんだ?」 手を止めて、繕が春則を見る。 「・・・悪い、ちょっと」 笑うのを必死で止めようとするが、止められない。 繕はジャケットを放り投げて、ネクタイを緩めた。 それから、春則に覆いかぶさって、 「集中させてやるよ」 口を塞いだ。 春則はその唇を受けながら、その身体に集中した。 心の中では、まだ笑っていた。 まさに、今の状態だよな、と、情けなさが止められなかったのだ。 繕は、言ったとおり、春則をそれから集中させてくれた。 春則は夢中になって、それに答える。 夢中になりすぎて、その身体に痕を残してしまった。 さすがに、しまったと思ったが、繕は全く気にしていない。 良くあることなのだろう。 痕だけみれば、誰が付けたかなど解らない。 それが春則には苦しくて、また、付けてやろうと独りで決めた。 意味のないことだと、自覚はあった。 しかし、止めることはできない。 繕が嫌だと言うまで、してやるつもりだった。。 |
to be continued...