暴露 ―セキララ―
「あ。」 声を上げたのはお互いだった。そして、擦れ違いざまに同じように足を止めた。 知らない間柄ではなかった。しかし、お互いに間接的にしか知らない。今の段階では正確には顔見知り程度だ。 それでも、足を止めてお互い次の行動を伺った。 相変わらず喜怒哀楽を表情に出さない男に、譲二は相変わらず人を賺した笑みを浮かべて見つめ返した。一緒にいると、どういう関係なのか一見では理解できないだろう。 きっちりとスーツを着込んだ男に対し、譲二は仕事上がりなので光沢のあるシャツの上にジャケット、その上から漆黒のロングコートだ。存在だけで目立つ譲二だが、相手もストイックな色気を出して充分に目立っていた。 譲二は笑みを浮かべたまま、 「・・・・確か、繕、だったよな?」 確認した。頷く代わりに、スーツを着込んだ男、繕は否定もせず煙草に火を付けた。 * 譲二がちょっと付き合え、と言ったのに繕は何も言わず足並みを揃えた。 漸く夕闇に包まれる時間だった。譲二が案内して入った店は半地下で、暗めのライトが店内の広さを誤魔化して広いのか狭いのか解らなくしていた。雰囲気の良いバーのようだが、さすがにこの時間はまだ客は少ない。 譲二が入るとカウンタにいたバーテンと軽く挨拶を交わす。 「お、譲二・・・珍しい相手だな? 宗旨替えか?」 知り合いなのか、それに譲二は笑みを浮かべたままで、 「悪くない、躾が楽しそうだよな」 冗談とも言えない言葉を返し、アルコールを頼んだ。それから繕を促し狭そうに見える店内の端のテーブルに腰を下ろす。ゆったりとしたソファの椅子は思ったより広い。 バーテンに持ってこられたアルコールはボトルとグラス、氷と一式そろっている。譲二は慣れたようにそれに手を伸ばした。 「春則もここは気に入ってるんだ、今度連れてきてやれよ」 ロックグラスを繕に渡して譲二は相変わらず笑みを崩さない。 「・・・・・」 繕は黙ったまま受け取って、そのまま口に運ぶ。以外においしかった。それに繕はボトルに視線を移す。譲二はそれに気付いて、 「旨い酒が多いから、ここは」 繕は何もかもを見透かされているような感じに不機嫌を隠さず息を吐き出した。 「・・・・人を挑発して楽しいか?」 先日デパートで顔を合わせたときも、そして今もである。譲二は挑発していると自覚しているし、それが相手にも気付かれていると充分承知だ。 「楽しいね」 にっこりと笑って自分もグラスを傾けた。 「羨ましい限りだ、あの春則を独り占めだろ?」 「・・・・」 「相変わらず、色気を振り撒いてんだろ。困った男だよな」 無駄に色気を振り撒いているのは譲二もなのだが、自覚がない分、春則のほうも性質が悪い。 「何が言いたい」 「別に? まさか春則が一人に絞るとは思ってなかったからな、ちょっと嫌がらせかな?」 「お前に関係ないはずだ」 「ないね、確かに・・・でも、昔はあった」 「・・・・・・」 繕はぴくりと眉を跳ね上げた。予想は付いていたことだ。けれどはっきりと言われて不機嫌にならないはずもない。 それほど惚れ込んでいることが、また譲二には面白く楽しく映ってしまうのだが。 「・・・仕事帰りか?」 繕が話題を変えるように口を開く。 「うん? お互い様だろ?」 全く違う職業だが、その仕事がお互い終わったことには違いはない。 「ホストは、どうなんだ?」 「どう、とは?」 「楽しいのか?」 「楽しいね。楽しくなきゃやってられないだろう」 「ふん・・・俺には理解できないが」 始終相手に愛想を振り撒きご機嫌を取るなど、繕には到底無理な話だった。 「向き不向きだな、俺はこれを自分で選んで楽しくやっている。誰にも文句は言われたくないし言われても辞めるつもりはない」 「・・・・ケイタが言ってもか?」 「言うはずがない」 繕はきっぱりと答えた譲二に眉を顰めた。 「どうして、そう言いきれる?」 「ケイタが欲しいものを、ちゃんと与えてるからだ。ケイタはそれさえあれば俺が何をしていようと気にはしない」 「欲しいもの・・・?」 「ちゃんと満足するまで抱いてやっている」 はっきりと言葉で答えた譲二に繕はますます顔を顰めた。しかし、途中で諦めたように息を吐いた。 「ふん・・・まぁ、あの身体はのめり込んでもおかしくない」 さらりと繕もケイタとの関係を口にする。 「・・・・・」 「初めて抱いたのは大学のときだったが、今よりかなり幼かったな・・・いつまでも高校生にしか見えなかった。そのくせ、あどけない子供のような顔でかなり大胆に誘ってくれた」 繕は譲二の表情に笑みが消えたのをはっきりと気付いて、それでも続けた。仕返しのように楽しんでいるようだった。 「初めてのときはかなり驚いたが・・・俺だけを気持ちよくさせてそれで終わろうとして、理由を訊いたらそれ以外のセックスを知らないと言われた。思わず、念入りに抱いてしまったな」 繕はグラスに口を付けて、ケイタは上手いだろ? と視線を譲二に投げた。譲二は息を吐き出して、自分が苛ついていることに気付いた。 「ああ、上手いね。快楽に従順で可愛いしな・・・気持ちよくさせてくれる相手には、素直に好意を向けるし」 「・・・・ああ、そうだな」 「その可愛い男を、ただの手慰みだったわけだ、お前は」 「・・・・」 繕は深く息を吐いた。それで譲二には解る。ケイタが必死で隠していた気持ちは、すでに繕にはばれている。 「・・・仕方ない、可愛かったのは確かだが、それ以上はなんの感情もない」 繕はそれでも躊躇うことなく事実を口にした。すでに欲しくて堪らない相手を見つけているからなおさらだ。 譲二は口元に笑みを戻して、 「確かに・・・仕方ないな、それは」 同意されるとは思っていなかった繕は少し驚いたが、グラスを持っていた指を譲二に向けて、 「だが・・・大事な友人であることには変わりはない。ケイタが辛い思いをしているなら俺は友人として心配もする」 「・・・ん?」 「ケイタをどうするつもりだ? ホストを辞めるつもりはないんだろう?」 切り込んできた繕に、譲二は笑みを浮かべたまま、 「ないね」 「ケイタが辞めろと言ったら?」 「それは、だから有り得ない」 「そういうパターンを想像しろ、どうする?」 「・・・・どうするかな・・・」 笑みを浮かべたままの譲二が視線を俯かせた。 その時だった。譲二のジャケットのポケットから携帯が音を立てる。 ディスプレイに映った相手に少し驚いたけれど、そのまま繋げた。 「春則? どうした?」 その言葉に繕がぴくりと反応する。それを楽しそうに見ながら譲二は耳に意識を傾けた。 「・・・・・え?」 聴こえてきた声に、譲二は思わず聞き返した。 |
to be continued...